第七章の11

11


「野田が死んでもいいのか」

 氷のような声がツキササル。

 どこだ。どこから、この声はするのだ。

 Qだ。本田の声だ。

 また復活したのか。シブトイヤツだ。

 治療室の扉が開いた。白衣の医師がでてきた。

「野田は。野田は」

「向こうから病室にいきました。動脈にも、筋肉質も損傷はありませんでした。銃弾は貫通してました――」

 みなまで聞かず、竜夫とメグは走りだした。角のナースセンターで野田の病室のナンバーを訊く。部屋に駆けこむ。

 先客がいた。Qだ。本田だ。

「やはりキサマか」

 野田の首筋にナイフをあてている。いや、長く伸びツメだった。

「なにか、オヤジからあずからなかったか」

「野田。渡せ! なにかあったら、渡すんだ。命にはかえられない」

「説得、ありかどう」

 Qはにたにたわらっている。なんてやつだ。コイツなら、笑顔でひとの喉を裂くことができるだろう。

 野田の顔にふしぎな表情がうかんだ。

 バディの竜夫を信頼しきったものだった。

 竜夫の顔には哀感がこみあげていた。

 おれが麗子の死を想い、もうだれにも死んでもらいたくないと――一瞬感じたのを野田がよみとった。竜夫が真剣になっている。おれを助けようとしている。

「時計、そこの時計を退職記念品としてもらった。おまえにやると――」

 ベッドサイドの机からQは金の腕時計をとりあげた。

 そこにスキができた。そのわずかな瞬間を竜夫は見逃さなかった。

 テーブルをQに向かって蹴りつけた。

 キャスターつきなので高速で移動した。

 Qに激突した。衝撃に耐えられずQは壁に激突した。

 野田はベッドに向こう側にころがってQの毒牙を逃れた。

「オウイテェ」

 Qは首をゆっくりと回した。すかさず、メグが警棒を顔面にたたきつけた。

「オウイテエ。元気なネエチャンだ。血スワセテエ」

 おどけている。金時計の裏面に眼をおとして、首をかしげている。

「なんだよ。この『リップ』て文字は」

 とういう意味だ。と野田に迫る。

「……」

 壁ぎわに野田は追いつめられる。

 Qはベットを押して、野田の歩行を止める。

 壁とベッドの板挟み野田はなる。野田の太股の傷がベットの縁で圧迫される。血が噴き出す。傷口が開いてしまった。

「しらない。そんな文字が彫ってあったなんて、いままでしらなかった」

「とぼけると、コウダぞ」

 さらにベッドを押す。野田が痛みに耐えられず、悲鳴をあげる。

 このままでは、野田が危ない。

 竜夫は押さえていた感情がいっきにふきあがった。

 背中に隠して背負った鹿沼は細川鍛冶の鍛えたわざモノ『麻切り』をついにぬきはなった。

 Qが顔色をかえた。麻切りの霊気にうたれたのだ。

 Qは野田を抱えこむとドァにむかって逃走する。

「させるか」

 メグが水平げりでQの脚をねらった。

 かすった。

 Qは高く跳躍した。

 廊下に逃げた。

「なんて、ヤツ。いまの見た。野田を抱えていたのに」

 そのことばを背後にきいた。

 竜夫も廊下に飛びだした。

 剣のとどきそうな距離だ。

 Qが滑るように移動している。

 確かに、並の脚力ではない。

 野田を抱えても過負担にはなっていない。

 野田がもがいている。

 手をのばして金時計を奪い返した。

「父の形身だ」と声にならない声でいっている。

 唇がそう動いた。

 読唇術があるわけではない。ながいあいだバディを組んている。野田のいわんとしていることは、わかる。

 でも、野田が苦しんでいる。理不尽だ。こんなこと、リアルではない。

 これまでだ、これいじょう野田がQにくるしめられるのは危険だ。竜夫はQに斬りつけた。Qは病院のエントランスにでた。野田はほうりなげられた。Qは時計を野田にうばいかえされたのにきづいていない。ひとりで逃げる気だ。タクシー乗り場に駐車している車はない。Qはとまどっている。直射日光をあびるのをやがっている。いまだ。勝機だ。

 喉元への突き。かわされる。二メートルも後ろに跳び退った。

 さらに追いつめる。

 CD型の暗器を投げる。

 何枚もQの動きに連動して投げる。

 Qの動く先に投げる。

 うっと呻いてQの動きが止まる。

 日射しのなかでQが動きをとめた。

 すかさず、追いつきQの胴をないだ。

 確かなてごたえがあった。

 Qが路上に倒れた。

 こいつは紫外線アレルギーだ。光線過敏症だ。

 太陽の直射の下で戦ったのは、コレが初めてだ。コイツラは、合成麻薬の摂取で、副作用で紫外線アレルギーになっている。ならば、太陽光線に曝せば、吸血鬼としての反応を示すはずだ。Qは火をふいて燃えだした。皮膚はトロケル。骨になる。その人体模型のような骨もくだけた。灰になる。風に飛ばされた。あとにはなにも残らなかった。

「竜夫を刀を抜いたの始めてみたよ」

「はじめから伝説どおりに、太陽にさらしてやるべきだった」

「竜夫ありがとう。タスカッタ。ありがとう。宇都宮にもどろう。いますぐ、母にききたいことがある」

「リップのことか」

「そうだ。母ならなにか知っている」


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