第四章の8


「取材元はだれだ。どうして、野田が支局までヤクザに追われてきたのだ」

 野田はデスクの中洗に応えられない。

「このヤマは高くつくな」

「それだけの価値がありそうですね」

 とりなしてくれたのは竜夫だった。

 暴漢を撃退した竜夫が中洗に応える。

 屋上に避難していた野田は、まだふるえが止まらない。

 じぶんの席にガックリとへたのりこんだ。

 そこへ、電話連絡でただちに八幡山公園に駆けつけてくれた大野警部補が現れた。

 首をふっている。

「だれもいなかった。倒れている女性はいなかった」

「そんな――」

 野田が絶句した。椅子から立ち上がれないでいる。

 山川組の黒服が野田を支局まで追いかけてきた。ということは、ケイコはまだつかまっていない。かれらをマイテ逃げおおせた。ブジでいる。

 おれはまちがっていたのかもしれない。ケイコをSにしたてあげたのはまちがいだった。

「颯太。携帯したら」 

 ケイコに電話をした。呼びだし音はする。連絡はつかなかった。

「おれたちは、ついていないよな、野田。おれは麗子に死なれている」

「そんなこといわないでよ。ケイコはブジだ。なにか事情があって、連絡できないでいるんだ」

「監禁されているとか」

「また、またおどかさないでよ。不吉なことはかんがえないようにしているんだ。オヤジの葬式もおわったばかりだ」

「そうだったな。わるかった」

悪意を感じる。悪いことが、偶然がつづいた。竜夫は麗子に死なれた。野田は初デートでたがいに求めあい、セックスのサナカニ襲われた。Sとしてつくしてくれているケイコを守りきれなかった。ケイコは肩を撃たれた。でも、逃げおおせたということは、軽傷だったのだろう。

追っていたネタ――渡瀬大臣がらみのネタの情報はまだ訊きだしていなかった。

情報はとぎれてしまった。こうなったら足でかせぐしかない。

大臣はこの処、頻繁に富士ゴルフ場にきている。だれと会っていたのか。なにをしていたのか。首都圏移転に関することだろうとは推察できる。だが、それからさきに推論はすすまない。

 

その夜、大野警部補から連絡がはいった。

「おたくの防犯カメラにうつっていた痩せて背の高いオールバックは松尾健児――いま世間を騒がせている―山川組の若頭だ。気をつけろよ」

警告をきいて竜夫は野田の家にシビックで急いだ。野田は両親と宇都宮の郊外、鶴田に住んでいた。野田は竜夫が大阪に転勤している間もここ宇都宮の支社にいた。地元の栃木大学をでて二年ほどはパラサイトシングルで両親に養ってもらっていた。だから同期といっても、竜夫より年上だ。

「やっと、生活費を母にわたせるようになった」

といっていた。住宅街の外れに野田の家はある。二度ほど酔いつぶれた野田をおくりとどけたことがあるのですぐにわかった。竜夫はシビックをはるか手前でとめた。

野田の家に近づいた。内部から音がした。じっさいに、音がしたわけではない。そんな気がした。剣のんな、トゲトゲシイ凶悪な雰囲気がにじみ出ていた。あのまま野田を帰さなければよかった。おれがついてくるべきだった。新聞社を襲撃するほど凶悪な連中だ。よほど野田とケイコに知られてはまずいことを知られてしまったと思いこんでいる。玄関が開いている。入る。物音がしている。なにか引きずるような音だ。

部屋には死体があった。コトきれていた。野田の父親のものだった。すぐにわかった。二度会っている。母親のほうは意識があった。床をはいずりまわっていた。

「草太が、草太が。タ…ス…ケ……」

 そこまでだった。

 野田の母親はガクッと首がかたむいた。意識をうしなった。部屋は荒らされて乱れていた。キッチンの椅子や食器類が乱雑に床に散らばっていた。食事中に襲われたのだろう。飯や汁が床いっぱいにシミをつくっていた。

そして、辺りは血の海だ。拳銃で撃たれていた。竜夫は今日二度目の警察への連絡をいれた。まだ、遠くへはいっていないはずだ。急いでシビックにもどった。

よほど重要なことを、野田とケイコにつかまれた。そう彼らは恐れて、焦っている。

 シビックのドアに手をかけた。空気が尖った音をたてた。おくれて、銃声がひびいた。待ち伏せされていた。野田が秘密のネタを竜夫にも漏らしている。そう判断しているのだろう。だったら、編集部を襲った説明もつく。でも、なにもきいてはいない。敵はそうは思っていないのだ。

バチっとシビックのボディが音をたてた。

竜夫はボディの影に隠れた。

ドアを開けた。ボウガンをとりだした。

改良してほとんど手のひらサイズだ。

モードラ弓といっていい。

すべての操作は内臓のモーター・ドライブが自動で行う。

使用するのははじめてだ。

拳銃を持てない日本では最高の飛び道具だ。

そして

車道の奥、街路樹の影だ。

人影が見える。

距離にして25メートルくらい。

竜夫は矢を連射した。

外影が樹木から離れた。

手ごたえがあった。

人影が樹木の影から転がり出た。

舗道にうずくまってもだえている。

新たにに二人の影。

倒れた仲間を引きずっている。

連射。

連射。

連射。

仲間を引き起こした。

黒のワンボックスカーに乗りこむ。

助手席から人影。

転び出る。

野田だ。

強引に車に閉じ込められていたのだ。

路上にたおれた。起きあがろうともがいている。

車はスタート。

竜夫は走って野田に駆け寄る。

「颯太! しっかりしろ」

「母は。父は?……」

「お母さんはたすかるだろう」

「父は。父は……」 

竜夫は首を横にふることしかできなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る