第四章の5
5
「麗子さんは……?」
病院の駐車場で岡田と野田がまっていた。
竜夫は首をよこにふった。悲しみが顔にでている。悲しみなんて生易しい感情ではない。絶望だ。
「それより、野田はどうだ」
「打撲傷だけだった。竜ちゃん、のこってもいいぞ」
野田が気をつかってくれた。
「メグがのこっているから。ぼくはいても、なにもやることがない」
言ってしまうと、竜夫には哀感がおそってきた。深い悲しみが体をふるわせている。
もう、この世に麗子はいない。麗子の顔を見ることも、声をきくこともできない。夙川への、吸血鬼への恨みで胸がはりさけそうだ。
アイツラを倒すのは生易しいことてではない。消滅させても、また生きかえってしまう怪物だ。
編集室。
「タッチャン。なにぼそぼそアイツラとはなしていたの」
ふたりには聞こえていなかった。竜夫の声は聞こえていた。極度の緊張がわざわいした。それで、なにも聞きとれなかったのだろう。会話が聞こえなかった位だから、ヤツラを吸血鬼としておれが認識しなかったことは、聞かれていない。よかった。要らぬ心配をかけずにすむ。アイツらはヤクザだった。夙川組だ。でも、なぜ、ゴルフ場に狙いをつけているのだ。
野田はやくざにおどかされたと思っている。それが正解だ。
野田は打撲傷だけだった。さいわい、骨折はなかった。
デスクをかこんでいた。
「なにがあった」
「国交省の大臣、渡瀬國臣が鹿沼に来るという情報をSから連絡を受けました。それもお忍びでくるらしいと聞いてなにかあると――張っていたら暴漢におそわれた。中藤と岡田さんがきてくれなかったら――」
「なにかあるな」
「あいつら、なにものなんだ。どこの組みのものだ」
野田と岡田が声をそろえていった。野田はまだ打撲の跡が痛むのか。声は弱々しかった。
「渡瀬大臣だけてはなく、県の偉いさんが集っていたはずなんだ。なにも、探れなくて、残念だよ」
「談合があったのだろうな」
「実は……」
デスクが重い口を開いた。
「政治献金で渡瀬大臣には黒いうわさがたちそうなのだ。わたしも、上の方から聞いたばかりなのだが、「週刊日本」の橋本ってご同業が調べているらしい。ほかでも、橋本記者の動きはマークしている。記者の記者ってことだ。競争あいての記者の動きをマークしておくのも仕事のうちだからな」
「ぼくのS(情報提供者)は、このところ毎週のように大臣がゴルフにきて遅くまでクラブハウスにいるといってきました。クラブハウスの一室を事務所がわりに使っている」
その情報で動いた野田の勘は鋭かった。他社にオクレをとらないように。地元出身の大臣だけにニュースソースをつきつめることは、かえって困難をともなうだろうが、地元に明るい野田、岡田と竜夫の三人でタッグを組んで動くことになった。
イッタイナニガトビダストイウノダ。
麗子の遺体は福島の実家にひきとられて、荼毘にふされた。葬式の日取り、そのたなんの連絡もなかった。麗子の部屋で、メコンは憤慨して泣いてばかりいる。
「麗子ママの葬式に出席したかった」
麗子のアパートには竜夫もはじめて入った。麗子がのこした遺品のなかに大家族のポスターがあった。部屋の壁に両面テープではってあった。裏にていねいな文字でかいてあった。
『竜夫がわたしの白馬の騎士のようだ。竜夫と結婚したい。――それが竜夫にいいだせない。ついにわたしにも白馬の騎士があらわれたのだ。うれしい。竜夫と結婚できたら、わたしは、子どもを何人も産みたい。大家族に囲まれていつまでも、竜夫といっしょに生きていきたい』
窓から射しこむ黄昏の光のなかで、麗子の字がニジンデきた。いや、竜夫の眼が潤んでいたからだ。
竜夫むせび泣くような声をきいた。その声がじぶんの口からもれでていると気づくまでに――は、しばらく間があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます