第七章の9
9
野田を救った女が迷彩服を着ている。
メグが半袖のTシャツ。半裸体だった彼女に、メグが迷彩服を貸したのだ。
野田と彼女とメグを追い越して、見慣れぬ背広の男たちがアミ―服に攻撃をかけている。
「麻取りよ。関東甲信麻薬取締よ」
迷彩服の女がひときわ高く声をはりあげた。
野田があっけにとられて、キョトンとしている。
あれが、野田の行方不明になっていた彼女だ。
野田の顔に喜びの表情がうかんでいる。
「ケイコさん、ブジでよかった」
野田が吐息まじりにつぶやいている。
野田の彼女は麻薬取締官。竜夫にとっても予想外だった。
野田から肉食系のエネルギッシュな女だとはきいていたが。麻薬取締官だとは、おどろきだ。
麻薬取締官は緑のユニホームの男たちに向っていた。そうか、この紛争を治めるために彼らはいるのではない。潜入捜査をつづけていた鹿沼ケイコからの連絡で待機していた捜査官がかけつけたのだ。
夙川組のインベーダーにさんざん痛めつけられていた。緑のユニホームの男たちは対抗する気力もなく、麻取りにアガラウこともなく逮捕されていく。
銃声がした。竜夫はその銃声がひびいたとき、ケイコと麻取りが乱入していった隣室――建物の庇のある、外部に逃げられる方向だと判断した。銃声はこの倉庫のように広間の入り口付近からひびいてきたのだった。
それに気づき、竜夫は走った。鉄製の扉のほうに足を向けて野田が倒れていた。この戦いに参加してくれたものたちが大地にふせていた。
「どこから狙われた」
まだどこかに銃をもった夙川組の戦闘員がいるはずだ。
野田の太股。傷口をメコンが押さえていた。
「野田さん、しっかりして、傷は浅いよ」
メコンが日本語をおぼえるのに使った教材、映画の一幕のようだった。映画のセリフのように、不謹慎だが竜夫にはきこえた。
「野田、かすり傷だ。いますこしでチンボコやられるとこだつたけど」
それをきくと、野田は失神した。
「ジョーク。ジョークだ」
竜夫はめんくらった。
「ケイコさんになめてもらえば、治るさ」
という言葉はかけないでよかった。
「野田さん。野田さん」
メグが指さしていた。林の方角だ。離れ過ぎている。拳銃であるわけがない。またしてもスナイパーだ。高瀬ならまだ五体満足で動きまわることはできないと思っていたのに。
「向こうの林からみたい」
少し遅れてメグの声がとどいた。
メグは、ゴルフ場の裏の森につづく舗装道路を指していた。夙川組の車の群れがひきあげていく。シンガリの麻薬製品をつんだトラックが徐行している。あそこから撃ったのか。
「みんな、伏せたままだ。まだ狙われている。メグ、救急車をよべ」
スナイパーが狙っている。野田の出血は軽傷なのに止まらない。
おれは動顛している。スナイパーの名前は、名前などおもいだしたところで、野田の痛みがやわらぐわけではない。
スナイパーは? だれだ。どうして、野田なのだ。偶然であるわけかない。なぜ、野田が標的になったのだ。
野田の意識がもどった。苦鳴をあげている。そのおおげさ悲鳴に竜夫は苦笑した。おれたちの世代は軟弱化している。男はたとえ親が死んでも泣かない。――なんて、昔の話だ。
逃走する車の最後尾のトラックが停止した。荷台からこちらにライフルの銃口をむけて、あのスキヘッドの小男の姿が見てとれた。
メグのみていた方角とはちがう。意外と近くから狙われた。野田にピストルをつきつけて「死んで見るか」とおどした小男だ。
――あいつも、ライフルをあつかえるのだ。
スナイパーの名前は、高瀬。そうだ高瀬だ。高瀬だけでスナイパーは彼だけではないのだ。……それにしても、なんで、いまになって、野田が狙われるのだ。野田に命中したのは偶然であるわけがない。竜夫は猛烈に記者としての興味がわいてきた。
なにかある。なにかあるから狙われている。それにしても、野田のオヤジさんと無縁ではないだろう。記者魂に火がついた。毎朝新聞の記者としての、野田が取材のトラブルをかかえていることはない。だいいち草太とは、ほとんどバデイとして行動している。だから、やはりどうかんがえても、野田のオヤジさんに問題があったのではないか。この春まで兵庫県警で○暴の刑事として現役だった。日光県警勤務から通算すれば、二〇年も広域暴力組織団にかかわってきたことになる。どうして、気がつかなかった。目先の夙川組との麗子の復讐もかねたトラブルに気をうばわれていた。もっと、大切なことを見逃していた。そう思うと竜夫は大野警部補に電話をいれた。
「野田が撃たれました。野田が――」
――記者としてやるべきことは、取材だ。ヤツラノ動機をつきとめてやる。どうして野田オヤジさんと野田が撃たれたのだ?
「おれが、呼びもどされて大臣の警護についていなければ――。それで?」
「太股をうたれました。傷の箇所からいって軽傷です」
編集部にも連絡を入れた。
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