第五章の7
7
富士カントリークラブ。ビジターの増加を計るために設置した「練習場」は週末には24時間営業だ。煌々と照明塔にてらされて真昼間のようだ。その奥、50メートルほど離れて内装は一流ホテル並みの宿泊設備がある。二階の特別室で渡瀬國臣が声を荒げていた。
「山田から連絡はないのか」
帰りが遅すぎる。
「あんなブッソウナ警告をしておいて、どうして、もっと早く帰ってこない」
――わたしが、夙川組になぜねらわれるのだ。狙われる、こころあたりは、ない。
「もう一時間もたっている」
「先生、ご心配にはおよびません」
――山田。早く帰ってこい。狙われる理由をききたい。第一秘書の高橋も焦っていた。でも言葉にも顔にもその焦りはださない。高橋がおだやかな声で応える。渡瀬のいらいらを静めようとしている。
「氏家は山田の地元ですから。何軒か回っているんでしょう。仕事熱心な男だ。先生の広報活動をしているのだろう」と高橋がつづけていう。
「元カノがいたりして」
第二秘書の川久保がオドケル。それでも渡瀬の心のシコリはとけなかった。
バカな冗談は止めろ。いおうとして、振りかえった渡瀬は、ビシッという音をきいた。瞬時。砕け散った。広いピクチャウインドが白い光を放った。砕け散った。
「ソゲキダ!」
SPの須田が反応した。
「先生。伏せて。狙撃です」
素早くライトを消した須田が渡瀬ににじりよる。
隣室に退避してください。
ガラスを踏む音がした。高橋と川久保が窓辺に近寄っていく。
「止めろ!」
――窓辺に寄ったら、外からまる見えだ。
渡瀬を隣室に誘導しながら、須田が叫んだ。
須田が隣室の扉を背中で閉めた。ふたりは窓に近寄っていく。状況を把握しょうとしている。
「止めろ!!」
高橋と川久保に二度目の同じ制止の言葉をなげかけた。
二発目の銃声がした。高橋が倒れた。
三発目の銃声。川久保が窓の外に落ちた。
なんてやつだ。凄腕のスナイパーだ。
どこから、狙撃しているのだ。
正確に的を射ぬいている。
携帯が鳴った。山田からだ。
「須田さん。スナイパーは照明塔の上だ。先生は―」
「ブジだ。高橋と川久保がやられた」
「ほかに山川組の黒服が二十名ほど向かっている」
阻止するから。といって言葉が途絶えた。
「おい、山田、山田。武器はあるのか」
返事はない。
表庭のほうで怒声がおきた。拳銃の発射音が一斉にする。夙川組の組員だと山田はいっていた。夙川組は元日本最大の広域暴力団山川組の斬りこみ隊だ。荒事には馴れた武闘派だ。トカレフくらいはめいめい携帯している。山田はどう戦うのだ。窓には近寄れない。ドァを開けて廊下にはでられない。先生のそばを離れられない。隣室に先生は潜んでいる。
「ぼくらに任せてください」
冷静な声で山田に竜夫がいう。
「これは山田さんに」
半弓を渡された。
中藤道場の仲間もきてますから。
竜夫の神対応が信じられない。
こうなることを予測していたのか。
黒服はフロントに雪崩れ込もうとしている。
ヒュウと風を切る矢の音が一斉に彼らの背に迫った。見覚えのある道友が、片膝立ちで数名半弓から矢を放っている。黒服が背を射ぬかれて倒れる。
「ちなみに、ぼくはボウガン」
竜夫が余裕の声で山田にささやく。
狙う方角が、竜夫はちがう。
照明塔に四五度仰角で狙い澄ます。たて続けに二の矢、三の矢を放つ。
夜にボウガンで狙われると、怖い。
飛んでくる場所がわからない。マズルフラッシュも光らない。
スナイパーの悲鳴をきいたような気がした。手ごたえがあった。狙撃は止まった。竜夫は山田のあとを追った。フロントに向かっている。山田は空手で戦っていた。何名かは矢傷で苦鳴をあげていた。
山田は矢がつきて、徒手空拳で敵をくい止めている。
戦っている。
バイクの轟音。メグやボーイズがバイクで前庭の黒服の群れに襲いかかっている。戦闘服のあとからきた黒服だ。後続襲撃の連中だ。竜夫の矢つぎは敏捷で目にもとまらない。まるで、矢が連続してつなかっているようだ。駆けつけた黒服に正確につきたった。メグが竜夫に走り寄る。
「わたしは竜夫といく」
「いく、いくってどこへいくの」
竜夫がヨガリ声でからかう。
「そんなんじやないわ。ほら、これ持っている」
メグがトカレフを見せる。
「撃てるのかよ」
「バカァ。撃てなかったら、意味ないじゃない」
「ふたりで、麗子の仇をひとりでもおおくヤロウ」
「いいわよ。麗子ママのリベンジよ。ひとりも帰さない」
頼もしいお言葉。
「いくわよ。竜夫」
勇ましいこと。野州女の心意気か。
「先生は……」
山田が、部屋にとびこんできた。
「ブジだ」
須田は隣りの部屋を目くばせをした。
「スナイパーは元自衛官。山川組のピットマン高瀬兵馬らしい」
山田が竜夫からきいた情報を須田に伝えた。
「オリンピックにでた射撃の名手だ」
須田は高瀬のことを知っていた。
「有名人ですね。裏社会に転落した訳は」
「女で自衛隊をシュクジツた」
「夙川組の武闘派が襲ってきます」
「だれか阻止しているようだが」
「わたしの武道の恩師のムスコさんとその道場仲間。マル走上がりの半グレと、レデイス」
「かわったスケットだな」
「地元ですから、人脈はいろいろとあります」
粉々に砕け散った窓が闇を四角に切りとっている。夜風が吹き込む。そして、大勢の人の争う猛々しい声。次第に近づいて来る。須田も山田も、川久保のブジを確かめに窓辺に寄れないのがもどかしい。
高橋は太股を撃たれていた。それでも、這って机の影に身をひそめている。
「辛抱しろ。いま救急車を呼ぶから」
須田は拳銃。山田はウオークインクロウゼットからゴルフパックをとりだす。シコミをとりだした。平凡な老人用の杖から刃渡り三尺ほどの直刀をぬきだす。
廊下で銃声がした。鍵が撃ち砕かれた。暴漢がナダレコム。六名。そして彼らを追いかけて竜夫。
「若。ケガは?」
竜夫の左手から血がしたたっている。
須田が先頭の拳銃男の肩を射ぬいた。だらりと男の腕が垂れた。男の拳銃が床におちた。
山田が白刃をきらめかせる。ひとり倒した。
「若‼」
竜夫に左手に提げていた剣を投げよてよこそうとする――。
「不要。暗器かある」
竜夫は小声で山田につぶやく。
ボウガンは背中にまわした。
サット両腕を回転させた。
周囲のふたりが瞬く間に、倒れた。
ギャッという絶叫。首筋から血が噴いた。
「あっ、こいつ。地下駐車場で戦った男だ。ケッタイナ武器と技だ。気いつけてや」
先方から名のりでたようなものだ。悪相の男が呼びかけた先にQ本田がいた。
たて続けに、銃声が起こる。
ドァから乱入してきた黒服が倒れた。
SPの須田が廊下にとびだす。
もうこれ以上は黒服の侵入を許さない構えだ。
「コイツ手ごわいゾ」
悪相の男がまだワメイテいる。
円形の暗器。CD型の武器だ。
ひんやりとしたハガネの感触が頼もしい。
三六〇°円の周囲には鋭い刃がついている。
どの部分が敵の体に触れても、相手は肉を切り裂かれ。血を噴いて倒れる。
本田の首筋にむかって投げる。
この男だけ、あいかわらずダブルのスーツできめこんでいる。竜夫は怨念をこめて立てつづけに暗器をなげた。
血を見たくなる、ドラッグをヤッテいたので、薬物が人格を変えてしまっていた。じぶんは、吸血鬼だ、死なない、殺されない、不滅だと思いこんでいた。だから、平気でヤクザの鉄砲玉、殺し屋になって、生きていた。それが竜夫に倒された。
残りの悪相は正気づき、弱気になった。信じられないことだった。本田が倒されたのを見て、そのそばにへだりこんでいる。竜夫は容赦しなかった。暗器が男の喉元を切り裂いた。
麗子に死なれた。竜夫はからだの一部が切りとられようだった。麗子を死に追いやった敵をひとりずつ倒している。そのつど、からだのどこかが充填してくる。欠けていた箇所が満ちてくる。その充足感――。本田の胸に円形の暗器がつきたっていた。
「治まったようだな」
渡瀬が扉を開けて隣室から姿を現した。
一同、床で苦鳴をあげている黒服をシリメニ、顔を見合わせ安堵の吐息を漏らした。
その時――。
信じられないモノを竜夫は見た。
夜風の吹きこむ窓にロープが垂れた。
ライフルを片手にヒットマン高瀬が部屋にダイビングしてきた。
竜夫が反応した。
暗器を投げた。
暗器の風を切り裂く音と銃声がダブった。
須田が撃たれた。須田は動く壁となって守るべき大臣、渡瀬の前に身を投げだした。
銃声二度とは起らなかった。
暗器を投げた竜夫には手ごたえがあった。
円形の暗器は高瀬の左肩に突き立っていた。
まさしく狙った箇所に命中した。さらに、太股目がけて竜夫は暗器を投げる。
ヒットした。突き立つ。
高瀬の腕と太股に暗器が突き立っていた。
高瀬のウッという呻きが、少し遅れてきこえた。このとき、竜夫は見た。高瀬の右腕に矢が突き立っていた。それで、大臣を撃った狙いがはずれたのだ。
彼は仰向けにのけ反った。空を見上げるような姿勢で、倒れた。砕けた窓のそとに消えた。
だが、ロープに左手にをかけていた。
竜夫は、ヤルもんだという気持ちでそれを見た。
須田がよろけながら高瀬の残像に発砲した。
高瀬が窓の外にすいこまれた。
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