第五章の3


 氏家の那須不動産の社長那須与十郎の死は自殺だった。首に吉川線がないことからそう断定されていた。このところたて続けに、不動産屋のオヤジが三人も同じような首つり自殺をしている。だが他殺と疑う証拠もない。

 首都圏が那須に移転してくるという思惑から、土地の値段が乱高下している。膨大な利益を手にしたものもいる。反対に大損して首を括らなければならなくなった不動産屋もいる。土地ころがしには習熟しているヤクザには敵わない。関西から出張っている夙川組のひとりがちだ。

大野警部補は野田Jr.の影警護もかねて、氏家にいた。葬祭場をでて焼却場。埋葬。

とどこおりなく済んだ。記者さんたちは三人で来ていた。野田Jrのことはあまり心配しなくてもいいだろう。大野は黒田病院に回ることにした。隠居しているが黒田俊は元県の監察医だった。90を過ぎた今でも現役、患者を診ている。

「吉川痕がないからと言って、全部自殺とはかぎらない。当て身で気絶させて置いて吊るすとか、薬で眠らせて吊るすとか、いくらでも手はあるからな」

 歳の割に大声で豪快に黒田は言った。そういうことか。自殺説に疑問をもつても、それが不穏な疑問ではない。

 那須の伏流水で淹れたと言うお茶をよばれた。おいしかった。

「いい勉強に成りました」

「この那須で土地が急落している。――聞いているか」

 帰りしなに、黒田翁がボソリトつぶやいた。不意の一言だった。

「えっ、どうしてですか」

「売れないらしい。金繰りが苦しくて、売ろうとしても売れないと評判だ。首都機能移転のブームで転売目的の土地ころがしの業者があわてているらしいよ」

 思わぬ情報を聞いた。

これだから、パソコンの前に座って事件を解決しょうとするのは危険なのだ。

おれみたいな、現場でたたき上げた刑事も必要なのだ。パソコンに組み込まれる前の情報は足で集めなければ、ダメだ。

しばらくぶりだ。大野警部補は自負の念にかられた。爽快な気持ちになった。


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