第三章の1

第三章



 餃子館の階上にあるウイクリーマンションから階下に降りた。

いいにおいがしてきた。香ばしいニオイだ。

湯気のたつ焼き餃子が中藤竜夫の頭にうかんだ。

ブランチとしゃれこんだ。肉、ニンニクとカンピョウの三点セットの焼き餃子をオーダした。ほっかほっかでしゃりとした薄皮の餃子をたべているとヤル気がわいてくる。

といっても、記者としてのヤル気ではない。アチラのほうのヤル気だ。麗子はまだ入院している。たった二日しかたっていない。それなのに、長―い、ゴブサタをしいられているようで、早くも下半身がモダエテいる。

もっと早くぼくが宇都宮にもどってきていれば、麗子はあんなに苦しまなくてすんだはずだ。麗子はどうして苦境をしらせてよこさなかったのだ。

ぼくが麗子のことを好きだということはわかっていたはずだ。愛しているというべきだった。告白しておくべきだった。いまになって悔やんでも、もう遅い。

大阪によんで同棲することだってできたはずだ。ぼくは不誠実な男だ。ごめん、麗子。

「お水系の女には惚れない方がいいよ。わたしみたいにドツプリと水につかった女には惚れないこと」

 別れぎわにそういわれて、がっくりきてしまっていたのだ。ぼくは若かったのだ。麗子の真意をくみとることができなかったのだ。

 携帯が鳴った。野田からだ。

「竜ちゃん。釜川が田川に流れ込む場所……知ってるよな」

 竜夫は食べ残しの餃子を発泡スチロールのトレイに入れてもらうと、駐車場のシビックにむかって走りだしていた。

「なにがあった。野田、野田」

 いくら呼び掛けても応答はない。野田の狼狽ぶりから察するとかなりの事件らしい。それも竜夫に関係あることだ。わざわざ連絡してくれたのだから。

 釜川は宇都宮の中心部を流れる川だ。田川の城東橋の少し下流に合流する。フタバ食品の工場のあるあたりだろうと見当をつけた。

 シビックを路肩に止めた。狭い路地を走った。曲がる。ブルーシートがもりあがっている。死体に被せられているのだ。

 路面からはかなり盛り上がっていた。死体だ。それも二人。シートから腕と頭がはみだしている。男だ。腕から首筋にかけて赤黒い班紋ができている。ブヨブヨに膚がふくれあがっていので判然としないが死紋かもしれない。首筋に犬にでも食いつかれたような傷がある。

「川村商店の夫婦だ」

 野田が寄ってきた。

「川村……?」竜夫は野田に事情をといかけた。

「ほら、餃子の皮を専門につくっていた」

「皮屋が川に浮かんでたんじゃ、浮かばれないな」

竜夫の視線は死体に向けられたままだった。

「ジョークとばしてる場合か」

「ごめん」

 死体を蔑視したことを素直に詫びた。これで皮に毒物を混入した経緯は追究できなくなってしまった。

 担架にのせた夫婦の死体をシートでかくそうとしている。でもさきほどより鮮明に死体の状態が目にはいった。不気味な紫の斑点が全身をびっしりと覆っていた。死斑というにはあまりに濃密な色調は爬虫類の鱗だ。鰐皮のようにごつごつ凹凸がある。ヌメヌメとした鱗だ。それが死の臭いをはなっている。

「野田、見たよな」

「……見なければよかった」

「首筋のふたつの傷は……?」

「見た」


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