第三章の2
2
どちらからともなく、川村商店を検分にいこうということになった。川村夫婦のかわりはてた死体を見ているのだ。いまこそ、野田に話すときだ。
「そんなことってあるのかよ」
野田の反応は竜夫が予期したとおりのものだった。
吸血鬼がいるなんて信じるほうがおかしいのかもしれない。野田の反応がごくあたりまえ。さすがジャーナリスト。現実派だ。
吸血鬼と闘った竜夫でもまだ疑っているくらいだ。
吸血鬼なんて、架空の存在は小説、映画、ゲームの世界のみ市民権を得られているが、それが現実に存在するとはだれも信じてい。
いまの特殊メイクアップをほどこせばどんな顔でも作れる。防刃チョッキをさらに強化すれば刺されても、強打されてもはねかえすことくらいできるだろう。だが……。
竜夫はいままでだれにもいわなかった吸血鬼との遭遇について野田に話してしまった。
「だからニンニク餃子が売れるなんて、こじつけだ。とても信じることはできないな。彼女といっしょにクスリでもやってるのか」
やはり、予想通りの反応だ。
「ジャーナリストが、吸血鬼なんて言葉にするだけでも、恥ずかしいよ」
竜夫は沈黙した。やはり、ダメか。信じてはもらえない。
東武ホテルへの地下通路への階段にさしかかっていた。
「どうする、野田。横断歩道をわたるか」
「運動不足を解消するために地下通路の階段を利用しようよ」
異臭が通路から吹き上ってきた。魚の腐ったような臭いと焦げ臭いにおいが混入していた。子猫の黒こげの死体がころがっていた。薄暗い地下通路には反吐のあとがみられた。それも何箇所も、とてもひとりの人間が吐いたとはおもえない。
そして焦げ臭いを発生させているのは鳥の羽根だった。竜夫はじめは鶏のはねが散乱していると思った。通路の端の樋くらいの幅しかない側溝のあたりに布団の焼け焦げた断片があった。黒い炎の痕跡が壁をはいのぼっていた。
ここにも、猫の死骸が折り重なっていた。ペットの惨殺はより高い次元の殺戮へと発展する可能性がある。川村夫妻の殺害はその始まりではないか。
この街がおかしくなる。いや、すでに、オカシクナッテいる。異形のモノを――見る能力さえあれば――群衆の中にナイフを持ち歩いているモノを目撃できるはずだ。
発見できる。告発できる。指摘できる。
「人殺しがいるぞ」
だれでもいいから、殺して、血わ吸いたいというヤツラがきみらのら周りをうろついていることに……警告、警告……早く気づいてください。
「なんだ、これは」
野田が悲鳴に近い大声を上げた。その声に反応して羽毛が渦をまいた。まるでその大量の羽毛は野田と竜夫を飲み込もうとしているように渦をまいた。むこうから風も吹き寄せてきた。羽毛は小さなトルネードとなってふたりをおそった。竜巻の中心にあって竜夫は悲鳴をきいた。
「きいたか。竜ちゃん」
必死のおもいで羽根の渦からぬれだした。東武ホテルの脇にでた。
「野田こそきいたのか」
野田の顔が青ざめている。むりもない、羽根についていた残留思念が脳裏に流れこんだのだ。人が殺される断末魔の叫びをきいてしまったのだ。
瀕死の恐怖からしぼりだされたうめき、悲鳴を確かに二人はきいた。
「川村商店は、この泉町の通りの裏だ」
竜夫は野田には応えなかった。あれはたぶん、川村夫妻の悲鳴だ。彼らが住んでいた場所にいけばもっとなにかわかるはずだ。
そして、それは確かなものとなった。川村夫婦の無残な死体を見てきた。地下通路で小動物を殺したらしい跡を体感した。そして、いま二人の住んでいた家が近づくにしたがって不安と悪寒は激しくなる。
こんなことなら、駐車場の有無など心配せずに一気にシビックをブッとばせればよかった。野田も寡黙になる。なにか感じでいるのだろう。この街のありとあらゆる凶暴な事件を見逃さずに報道するという記者魂に目覚めたのだ。
川村商店は釜川の側にあった。平屋の一軒立て。もちろん木造だった。立ち入り禁止の黄色いテープは張られていなかった。死体が発見されてからまださして時間が経っていないからだ。
地下通路での恐怖がここまでつながっている。夫妻の残留思念がふたりをここまでつれてきたのだ。あるいは、異界への通路を開いてしまったのか。
厨房には夫妻の残飯や食器類や散乱していた。いままで夫婦が生活していた残滓が濃密にそこには残っていた。異臭がそこから立ち上ぼっていた。獣臭も。その臭いはひとのものではなかった。猫か犬。猫のマーキングの臭いのようだった。
このとき外でバイクのエンジン音がふいに近づいてきた。店のまえでとまった。『凰夜』という刺繍のロゴを背負った族の連中だ。
「なにすんだょ」
ビビルふうもなくさからっているのは、見覚えのある『レディス』のメンバーだ。
彼女たちは、田川の河川敷でのバトルに参戦してくれた。メグのだちだ。
「あんたら西のヤッラとつきあいができたんだって」
「ごかいだヨー。太郎さん。どうしてメグやメコンが西とつきあうのよ」
「そうだ。誤解だ」
竜夫がキッチンからとびだした。
「なんだ、オジサン」
太郎と呼びかけられていた族の男が身構えた。
「あっ。竜夫さん。たすかった。太郎さんたちゴカイしているのよ。ホテルの地下にいったのだって、あいつらにオトシマエつけるためだったっていうのに……」
「ほんとなのか」
「オジサンにはもっとていねいに口をきいたらどうだ」
「なんだと。いきがるな」
太郎のとなりの族が竜夫に殴りかかってきた。かわされてタタラをふむ。ぶわんと部屋の空気がゆがむ。なにかこの空間はおかしい。
ここにいると、凶暴になる。川村夫妻を殺害したモノたちの殺意がのりうつってくる。
人をいたぶり殺したくなる。
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