第七章の4
4
夙川ビルの地下駐車場から黒のセダンがすべりでてきた。ベンツだ。内側から目隠しシ―ルでも貼ってあるのだろう。双眼鏡を用意してきているメグにも車の内部はうがい知ることはできなかった。
車が続く。チェーンでつながれているように続々と続く。さして、広くない駐車場だ。どこに車を隠してあったのかと思うほどだ。昨日の倍、おおよそ20台。そのうち、大型のバンが三台。
なにかおかしい。
これって、ヤバイ。
アイツラなにをする気なの。駐車場の入り口付近に群れていた男たちがつぎつぎに慇懃に挨拶をしてバンに乗りこんでいく。
黒服がいる。USアミ―の戦闘服で武装したものがいる。黒服も上は背広で黒ネクタイではない。葬式参列のようなしたくではない。黒の皮ジャンだ。両脇に大きなポケットがついている。なにがかくされているかわからない。どうやらスケットを呼んだらしい。火器携帯の武闘派だ。
車を出て車庫前でなにか話合っている。再度カントリークラブにいる渡瀬大臣を襲うきなのか。大臣がこれから宇都宮の二荒神社前の大鳥居のある広場で街頭演説をするという情報をしらないのか。そんなことは、断じてない。栃木テレビでも大臣の緊急演説のニュースは報じていた。演説をきくために集まった聴衆とマスコミ注視のなかで、暴力行為にでるほど、夙川組は無謀なことはするまい。
それにしても、大臣の動きは大胆だ。それだけ大臣が重大な危機意識を抱いている。そういうことだ。
これはヤバイよ。こんどは、アイツラ、どこをおそう気なの。
メグはあわてて携帯を竜夫に入れる。竜夫の返事はメグの耳もとでした。
笑っている。そのほほえみは、ふたりがやっと結ばれたから。同棲まできめたからだ。ふたりは建物の影に身をひそめたままで、熱いキスをかわした。
麗子。見守ってくれ。
恨みは、メグとふたりで、必ず晴らすから。アイツラ全員殲滅する。
決意は固い。だが、敵に回している夙川組は巨大すぎる組織だ。武装集団だ。竜夫がいくら古武道中藤流の麒麟児と嘱望されている武芸に秀でた技をもっていても、手強い相手だ。県内にいるこの県の発展をねがい、不正を憎む道友が大勢いるのが心強い。だからといって、不安が霧消するわけではない。
「メグちゃん。わたしが死んだら竜夫の世話してあげて」
麗子にいわれているメグだった。短い交流だった。それでもメグには、麗子の竜夫への情愛の深さはよく理解できた。麗子は、あのころからすでに、死を受けいれいた。じぶんがこの世からいなくなつた後の竜夫のことをこころをくだいていた。
最後の車がゆっくりと通りにでて、前を行く仲間の車を追う。
「死可沼方面に向かってる」
「平成通りをあのまま真っすぐにすすめば死可沼の平成橋に出る。またカントリークラブをおそう気なの」
「渡瀬大臣は宇都宮で街頭演説をする予定だ。この時間だと、事務所に使っているカントリークラブのゲストハウスにはいないはずだ」
「その情報が、夙川組には入っていないのかしら」
「そんなことはない。栃木放送のニュースでも報道していた」
メグがさきほど思ったことを、竜夫が言葉にした。
演説会場の取材は野田に任せよう。護衛は警察で、きのうのこともあるから、厳重に手配りしているはずだ。
では、この夙川組の動向は?
夙川組のターゲットは?
竜夫は昨日のメンバーにスタンバイするように連絡した。地下駐車場からはもう車が出て来ないことを確かめてから、ゆっくりとスタートさせたのだった。
昼近い舗道にはしばし静寂。初夏の太陽がキラメイテいる。ゴルフ場の緑の芝生を想像しながら、死可沼に向かっている車の群れを、竜夫はシビックで密かに追いかけていた。隣りのシートにはメグがよりそっている。
なぜだ?
なぜ、再度、ゴルフ場に向かっている。
なぜ、ゴルフ場に攻撃をかけるのだ。
それも、かなりの頭数をそろえての襲撃だ。
その目的がわからない。ゴルフ場を急襲しようとする意図がつかめない。
いくら自制しようとしても、前を行く夙川組への憎悪がわきあがる。
西から来て、このわが故郷の街々の均衡を蹂躙するモノを許すことはできない。
故郷の政治家を攻撃するものを許すことはできない。
麗子を死に追いやった暴力集団は許せない。
「あまりムチャしないでよ。パパになるかもしれないもの」
「なんだよ、昨日の今日じゃないか」
「竜ちゃんだから、一発必中かもしれないわ」
「おかしな四字熟語をつかうなよ」
竜夫は深呼吸をした。張りつめた緊張がやわらいだ。
メグが労わってくれている。恋人以上、夫婦未満であった。メグはまだ麗子に遠慮している。でも、いかにも、メグらしいツッコミで竜夫のころの痛手をよわらげようとしている。麗子を失った悲しみから、立ち直らせようとしている。
この場の緊張をやわらげようとしている。
夙川組の車はゴルフ場の正面エントランス、昨日攻めこんだ箇所を無視した。
どうしたのだ?
どこへいこうとしているのだ。
どこを攻撃しょうというのだ。
竜夫にはわからなくなった。
先を行く車は、エントランスを迂回した。ゴルフ場外の周回道路を車の群れは進んでいる。ゴルフ場側には金属ネットヘンスが長々とつづいている。日差しをうけて、網目が舗道に映っている。なんの変哲もない道だ。
陰うつな薄暗い森のなかに道はくねりながらつづいている。いつしかゴルフ場のネットヘンスからは離れている。森で脇道にそれたのだが、先行車を追いかけることに集中していたので竜夫は気づかなかった。気づかれないように。かなりの距離を置いて追尾している。シリアスな状況だ。気骨が折れる。神経がヒリヒリしてきた。また極度の緊張がよみがえった。
大臣を襲うのではなかった。それだけは、わかってきた。
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