第一章の2
2
麗子に会いたい。麗子は元気でいるだろうか?
なんの連絡もしないで、不意に会いにいったら、おどろくだろう。
再会の期待。熱望を胸にひめて、中藤竜夫は宇都宮駅の改札をぬける。――期待は切実な欲望となって竜夫の股間に、リアルにあらわれた。
麗子へのセツナイ想いは、セックスへの慾望となって、ロックンロール。コントロールがきかない。股間はクレーンとなって途方もなく隆起し、背中のバックを前に回してモッコリを隠す。ひとびとの凝視を防止する。
コンコースを「ヤリタイ」「入れたい」というねがいをつぶやきながら歩く。どんと、壁につきあたった。
「アホンダレ。どこみてけつかる」
あれつ、まだ、おれは、大阪にいるのか? 一瞬竜夫はとまどった。顔に殺気がふきよせた。男の拳が竜夫の顔の横すれすれにつきぬける。竜夫は跳びのかなかった。相手のふところにはいり喉輪絞め。相手は険悪な顔をゆがめた。ふぞろいな、白すぎる歯。ぎょろっとした目。ヤクザ顔だ。ニタニタ笑っている。笑ったほうが狂相となる。喉を攻められても平気でいる。
男のわきにいた背の低い太っちょのスキンヘッドが竜夫に頭突きをかましてきた。猛牛だ。右足で小男の膝を砕いた。ギャッと悲鳴がコンコースにひびいた。張りぼてでもきているような格好で床をすべっていく。
ヤクザ顔の喉にかけた手を襟首にまわし、なげとばした。鋭い気合いが竜夫の唇からもれた。男はふわっと宙に浮いて着地した。並みの体技ではない。太っちょの滑走を、もうひとり五分刈り、ヤセのノッポがとどめた。ふたりはヤクザ顔の男の両脇でかまえている。あわや乱闘――。
「竜夫さん――」
人ごみをわけて男が走ってきた。
「ごぶじで」
父の古武道「中藤流」の師範までのぼりつめた山田年男だった。道友だ。
関西弁の男たちは、スケットがあらわれたのを機に、何もなかったような顔で立ち去った。眼光だけはからむ獲物をまちがえたくやしさで光っていた。
中藤流の道場は宇都宮の西部、鹿沼市にあった。市街地からはさらに西へ50キロほどの山岳地帯、柳田国男の「遠野物語」の65,66にでてくる古峰原神社の神域にある。東北一円からの講中のひとたちの道中無事を守ることが中藤流の仕事だった。江戸期に入ってからは京都から日光東照宮への礼弊使の影守りもしてきた。いわば、勅忍の家系だ。
「アイツラ、なにものかな。あまりみかけない風体だ」
「関西のスジものでしょう……、いま、宇都宮にもどってきました。おひさしぶりです」
「注意してください。関西の暴力団が侵攻してきて、ウジャウジャいますからね」
「こんど支局のある泉町で飲みましょう」
「山田師範はいまでも渡瀬先生の――」
「私設秘書。と、いえば、体裁はいいが、ボディガードだ。飲もう。いつでも、電話してくれ」
うれしいことをいつてくれる。竜夫は股間のふくらみをみられはしないかと、ハラハラしていた。
餃子の香ばしいにおいが漂ってきた。ニンニク餃子のにおいだ。
ニンニクのにおいをかいだけで、股間がむずむずする。ニンニクには強精作用がある。ニンニクの、このにおい。なつかしい! はやく麗子に会いたい。この春の異動で、やっとなつかしい宇都宮にもどってきた。
麗子とヤリタイ。ヤリまくりたい。むずむずどころか、膨張して、ペニスはグイと、勃起したままだ。麗子とのセックスの回想が、実感となって竜夫を刺激する。
駅ビルの商店街はパセオ、その2階のコンコース内にある餃子小町。餃子屋が三軒出店していた。宇都宮餃子館、悟空、宇味家。狭い通路に行列が出来ている。地元の「そうだっぺ」という言葉。ああ、宇都宮にもどってきた。
ミンミンミンという声がする。まだ、夏でもないのに蝉の鳴き真似かよ、と竜夫はおもった。
餃子屋の店名が『みんみん』だった。
「みんみんのほうが、おいしかっぺな。東口にいこう」
「いや、餃子館でよかっぺな」
「みんみん」
「健太餃子の餃子館」
「みんみん」
県北大田原出身のU字工事の漫談をきいているようだ。話題になっている「みんみん」に流れるひとたちを尻目に竜夫は目の前の「健太ちゃん」餃子の有名店、餃子館に入ることにした。
「みんみん」は駅の東口に出店している。駅から4プンという立看板が目につく。ともかく、名実ともに餃子消費量日本一に輝く宇都宮だ。
だが、関西風「タコ焼き屋」も、けっこう、盛っている。立て看板にはワイセツな感じの蛸が描かれていた。北斎の「蛸と海女」をイメージさせる。
麗子に会えることを期待して、ニンニクのにおいの強い健太餃子をパクつくのはやめて、シソ餃子にした。5時を過ぎた。
春の異動で宇都宮に戻れると通達された。麗子に会える。それが竜夫のよろこびであった。麗子とセックスができる。
それなのに――黄昏れるのを待って連絡した麗子のいたピンサロ『ニューヨーク』はデートクラブ「姫」に変わっていた。
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