第一章の5

5


 真っ直ぐ奥に向かう。

「オシッコ、トイレ、トイレ」

「なにさ、もよおしてるの。立ちっぱなし、竜ちゃん」

 だれもついてこない。ホステスと客を装おったのがうまくいった。ダッと地下への階段を駈け降りる。駐車場はこの下らしい。

 踊り場には、タコ焼き屋の立て看板がいくつも重ねておいてある。

 あやうく踏みつけて音をたてそうになる。

「もぐりこんだわよ。メコン、連盟にれんらくして。スケットよこしてよ。このホテル関西の息がかかっていたのね」

 あとの言葉は竜夫にきかせるものだった。

 車の影をぬう。明りのついた事務所にむかう。駐車スペースの床より高くなっている。スモークドガラスにもつれあう影が映っていた。

「いたぞ。あれだ」

 緊急をようする。麗子が危ないとおもうと竜夫は頭に血が上った。一刻もはやく麗子をたすけだしたい。

 ダッと走った。

 階段を駆け上がる。

 ドアを蹴り開けた。

「なんだぁー。きさまらア」

 おかしな訛りだ。関西ヤクザだ。五人ほどいる。関西ヤクザのしまらない関東弁だ。大阪の支社にいた竜夫にはすぐわかった。

「お兄さんたちこそ、これはなんやね。なんのまねしてくさるんゃ」

 竜夫が、これまたおかしな訛りのあるへんな関西弁で応酬する。

「おひかえなすって」

 メグが両足を関いて腰をおとしてかまえる。

 さまになっている。

 左手のバックをドスにみたてて後ろにまわした。

 右手の掌をひらく。スケットが駆けつけるまでの、時間稼ぎをする気だ。

 そのすきに、竜夫は黒の皮手袋をはめる。黒ずくめのクミインは五人いた。殺気立っている。

「わたし名前の儀、北関東「空っ風」連合のメグとはっします。金波銀波の宇都宮は田川で湯浴みした、親分なしの子分なし、いっぴきどっこのケチな女でございます。あんたらすこしやることエゲツないんとチャうか。麗子ママを返してもらいます。関西タコ焼き連合のおにいさんたち、わかったかいな」

 きどって切った仁義が息切れした。文脈がハチャメチャ。関東と関西の言葉がせめぎ合っている。

 竜夫は、ドドット右足を踏みだしてコケタ。

「こういうの、いっぺんやってみたかったのよね」

 と竜夫をふりかえる。本人はけっこう満足して、スマシ顔。

「おれの女に手をだすな」

 竜夫もノリやすい。懐古(れとろ)東映ヤクザ映画のセリフがでた。

「アホトチャウカ。惚れた女の前で、いいかっこしてみいな」

 シャカシャカシャカと宇都宮は北の黒磯の中学生が有名にしたバタフライナイフを相手はとりだす。スキンヘッドだ。二人ともこの暑い地下室なのに黒のスーツの上にコートを羽織っている。さきほど、麗子を強引に連れ出した男のひとりだ。ナイフをつきだす。一人は麗子をかかえこんだままだ。

 なめられたもんだ。竜夫がニイッと笑う。

 それが誘いともしらず、ツルツルのタコ頭がナイフを横になぐ。さきほど、麗子をここに連れこんだヤツだ。太っちょのタコ頭だと、遠目でも判断できた。その憎いヤツがいまここにいる。

 つく。

 なぐ。

 竜夫のからだにはとどかない。見切られているのにも気づかない。

「どうした。タコ」

 竜夫は横に足をはこんだ。まわりこむ。距離をつめた。上半身をおとして低いまわしげりをはなつ。タコのナイフがはねとぶ。怯むすきに連続したけりがタコの腰をヒットする。

 部屋の隅までふっとんで気絶してしまった。

 どどっと足音。異変にきづいたのだ。ピンサロのフロアで接客していた黒服だ。数人が一団となって走ってくる。麗子をかかえていたほうのデブ男が余裕の笑みをうかべている。

「竜夫、逃げて」

 麗子が叫ぶ。

 メグが切迫した声を携帯におくりこんでいる。

「はやくう、はやく、スケットにきて」

 竜夫はナイフをひろう。皮手袋にひそませた。

 麗子を放してちかよった男は、なにが起きたのかわからない。

 竜夫の腕が一閃した。

 胸元から裾まできれいに裂かれた。

 着ていたものがコンクリートのゆかにおちる。裸にされた。顔がゆでダコになった。気絶している男とそっくりだ。こいつら、双子のヤクザだ。青くなる。悲鳴をあげた。

 つきでたタイコ腹のしたでソチンが陰毛のなかにかくれている。

 竜夫は悠然と事務所のドアを開けた。

 男達がとりかこむ。

 それからは、まさに劇画の世界だった。

 竜夫の動きは目に止まらなかった。

 全員がタコおどり。

 切り落とされた衣服のうえで、ステップをふんでいる。

 なにがおきたのかわからないでいる。

 衣類を剥ぎ落とされた。

 戦意をうしなった。

「そこまでだ」

 ダブルのスーツできめこんだ兄貴ぶんらしい男が地下への階段をおりてくる。

 手に拳銃。極道としての年期がこもっている。

 動きにむだがない。

 竜夫は素っ裸の男を盾にする。

 男の腕を逆手にとった。

「本田さん」

「若頭」

 となさけない声がダブル。拳銃を手にした男に救いをもとめている。

 若頭と呼びかけられたその男は、ヤバイ感じにひきしまった顔をしている。眼が凶暴に光っている。

 声でわかった。

 駅で衝突した男だ。

 駅で竜夫が投げとばした男だ。

「きさまか」

 本田も竜夫に気づいた。怒号をあげて接近する拳銃男本田に裸男を激突させた。

 その瞬間竜夫の指が、相手の手首で交差した。稲妻となって、きらめいた。

 ぴかっと鋼の光が数条きらめいた。

 拳銃をとりおとした本田の腕が派手に血をふいた。


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