第三章の7


「ようこそ。タコ焼き連合本部です」

 歓迎の挨拶もあまりうれしくない。

角ばった顔のスキンヘッドの男が立っている。

こわもてだ。どこかですでにあっているような顔だ。

頬に傷がないのがせめてもの救いだ。

「奥の部屋へどうぞ。ボスがお待ちです」

「ボスと呼ぶな」

 ドアの向こうから声だけが響いてくる。さきほど、地下室できいた声だ。

 竜夫はドアの前で動けない。ドアの彼方からはとてつもない凶気があふれてくる。心拍が高鳴る。強敵を前にした武者ぶるい。心臓が痛む。心拍の昂ぶりはでに限界を超えている。頭がくらくらする。

「どうぞ。なにもありませんから。危険もありません」

 そう優しい声でいわれても、安心はできない。

深呼吸して気持ちをおちつける。

 高所酸欠に陥ったようだ。

動悸がおだやかではない。深呼吸をまたした。

効果がない。

麗子をあの吸血の発作から救いだすためにも。

血を飲みたくて苦しむ麗子のためにも。

このドアの向こうにいる存在とは対決しなければならないのだ。

麗子の禁断症状は吸血鬼に噛まれたからだ。麻薬をうたれていたからだ。その両方ともヤッラのやったことだ。人を人とも思わないヤッラだ。

麗子待っていてくれ。麗子を苦境から救出する覚悟を固めると勇気がわいた。

いま敵を倒してやる。

敵をたおせば麗子が快癒する。

なんとしても、麗子を救いたい。

そのためだったら、どんなことでもする。

勇気を奮い起した。開く。

「社員が、無粋なことをしでかしている。許してくれ」

 名刺を渡される。竜夫も名刺をとりだす。なにかおかしななりゆきだ。夙川連合社長、夙川大二郎。神戸の交域指定暴力団山川組の母体となってしいる夙川連合だった。ビルの名前をきいたときに、からわかっていた。

どうみても、社長だ。痩せてはいるが、神経質そうではあるが。一昔前なら、青白きインテリ―といったタイプだ。筋ものにはほどとおい風格。隣りに若頭本田、Qがすまして控えている。

「社員が無粋なことをしでかした。許してくれ」

 あまりにも丁重な言葉。

闘争心が軽くいなされてしまうような、おだやかな声。

だからこそ、不気味だ。

 勧められるままにソファに座る。

「なにか、はじめから誤解があった」

 社長と自称するだけの風格はある男が下手にでている。鼓動はだが治まらない。いやむしろ、頭のなかでは警鐘がなっている。金属音が間断なくひびく。これは幻覚だ。レム睡眠時にみる夢だ。

「うちの企業舎弟がやっていることだ。餃子屋さんとことをかまえる気は、わたしにはない。餃子屋さんの評判のよさを、わたしが妬んでいる。だから、餃子屋さんを叩けば、わたしがよろこぶと思っている。かえって、こちらは迷惑だ。タコどもにはあまり期待はしていません」

 夙川社長が悠長に話しているので、傍観者をきめこんでいるスキンヘッド。社長の謙譲にもかかわらず、すきがあったら襲う気だ。険悪な顔を隠さない。

「だめですか。かからないようですね」

 しびれをきらして社長が語調をがらりと変化させる。だから、反社会的勢力といわれるのだ。竜夫と妥協点が見いだせないと思うと、にわかに暴力的になる。

「わたしは地元とは話し合い路線で行こうと思っていた。やっぱりだめですか」

「なにが、だめといっているのか、わからない」

「ようするに、文ヤさんには、わたしたちのしていることに、かかわりをもってほしくない。なにも書いてもらいたくない……そんなところでしょうか」

 スキンヘッドに目配せしている。ながいインタビューがおわったことを竜夫は感知した。

「来宮!! おもてなししろ」

 スキンヘッド来宮のストレートが竜夫の顔面に炸裂――は、しなかった。

竜夫は頭を横にしてよけた。

体はそのままの位置。

動いていない。

来宮と呼びかけられたスキンヘッドは――。

たのしそうに回し蹴りをかましてきた。

脚が薙いだところに竜夫はいない。上空にいた。

踵で来宮の肩を直撃した。

「Qか。Qなのだな」

 攻撃の形がQのものだった。

「ようやくわかったか。ここでは、高瀬だ。それがおれの呼び名だ」

床に舞いおりたときには、Qの背後にとんだ。

こんなところで、負けるわけにはたいかない。麗子が苦しんでいる。おれを待っている。

 いつの間に、剣を抜いたのだ。社長の抜き身がまたも竜夫の空を斬った。

「吸血鬼はマスターだれだ。Q本田か。高瀬か。社長の夙川か。麗子の噛み親は、だれだ。そいつから倒す」

「ホザイテいるのも、いまのうちだ」

 高瀬がたのしそうに応じる。

あのぶょっとした餅をこねくったような男のイメードが襲ってくる。筋肉質の体形に変容している。これが吸血鬼の擬態なのだ。会うたびにちがった人間にみえる。いや、こいつらは人間なんかじやない。Qだ。

 どうしてこうも会うたびに顔がかわってしまうのだ。でも、たしかに雰囲気はいつも同じだ。

 Q高瀬もにやにやしている。竜夫の考えていることをリードしている。

竜夫の声が荒だっている。むりもない。ここまで乗りこんできて。無駄足???

 社長が壁のスイッチをonにした。なにを操作するスイッチなのだろう。

 社長の背後の壁がするするとあがった。

 壁がスライドした。隣室は――いまいるこの社長室とまったく同じだ。ソファにかけている社長までそっくりだ。しかし、社長の隣りに控えている男はスゴク危険な感じだ。吸血鬼とはちがうが、血のニオイがするような――男だ。いままで戦っていたQ高瀬とそっくりだ。

「高瀬兵馬だ。よろしく」

 Q高瀬と高瀬、そっくりさんだ。コイツラはペアだ。双子なのか。 

――よろしくといわれても、あまりありがたくない。なにものだ。

社長のとなりにボディガードのようにたっている。あるいは殺し屋か。殺し屋なら血のにおいがしてもあたりまえだ。あちらの部屋の社長が本物だ。貫録が違う。ダミーを使って、まず竜夫の値踏みをしたのだろう。饒舌に話しつづけている。

「ひとりで、乗りこんでくるとは、いい度胸だ。ほめてやる」

 隣室から声がひびいてくる。隣室の高瀬、殺し屋? 双子みたいだ。そろって、血に飢えている。そうか。Qは影だ。シャドウだ。昔流に言えば、影武者だ。

「ほめられても、あまりうれしくはない」

「もういちど忠告する。わたしたちに逆らうな。手をひいてもらいたい」

 あちらの夙川がいう。命令権のあるほうが本物の夙川だ。おれは影と戦ってきた。影を倒しても、麗子は苦しみからは逃れられない。

 やさしい言葉でいわれたが、恐怖に全身がふるえた。

ふるえないほうが、おかしい。

ここは吸血鬼の牙城だ。吸血鬼よりも恐いのが人間だ。平気でQに人間の殺しを命じる。

麗子を助けるという使命感から乗りこんできた。

敵の要塞、夙川ビルの社長室だ。

「なにをQQいっている」

 高瀬が同じ声、同じ顔で哄笑している。こいつらは、みんな相似形なのだ。見分けがつかない。ということは、コイツラはみんな吸血鬼なのか。そんなことはない。いままで対峙してきた元の部屋の男たちがみんなQだ。過去の記憶を共有しているだけではない。顔から体まで同形に変形できる。いや、どんなふうにでも姿かたちをかえることができるのがQからなのだ。こういう茶番もできる。かんぜんにオチョクラレテいる。


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