第四章の3
3
竜夫は支局に呼びもどされた。麗子のことが心配だ。でも、緊急の呼びだしだ。逆らえない。第一、麗子とのことはデスクには秘密にしてある。あとは、麗子を探すことはメグにたのんだ。
事務机の狭間で支局長兼デスクの中洗京介が声をあらげていた。
「ともかくGPSで野田のいまいる場所を特定するんだ。中藤、携帯みせてくれ」
「すごいネタつかんだ。……て、メールくれたのは一時間くらい前です」
渡された竜夫の携帯電話をみていた中洗に編集次長の松岡が声を飛ばしてよこす。
「デスク。野田は東北道を鹿沼インターに向かっています」
記者の現在位置を示すGPSのモニターを注視している。赤い点が移動している。まだ車にのっているようだ。
「てことは、ブジだってことか。脅かしやがって。どんなネタを追っているのかタッチャンきいていないか」
安心したのか、中洗はタッチャンと呼びかけてきた。
「聞いてません。皮屋の川村さんの遺体を確認して、その後、川村屋に行って、そこで別れたきりです」
皆で会食したことはプライベートなので話せなかった。
「なにかあるんだ。あるんだよな。あいつが、スゴイネタというからには、特ダネだ。タッチャン。野田をすぐ追いかけろ。なにか、不吉な予感がする。岡田もいけ」
「死可沼は去年の夏、大火災にあってからまだライフラインも復旧していない場所もある。ソンナ鹿沼にビッグなネタがあるのかな」
油断なく窓外の風景に岡田は目をくばっている。竜夫と同期だが、大阪から異動でもどったばかりの竜夫とちがい、ずっと宇都宮勤務だ。地元のことは熟知している。
「死可沼は市内の半分くらい焼けて、死者が二千人を越し、いまだに行方不明者が百名近くい」
「そうなんだ。出火の原因だってわかっていない。市の中央を流れる木島掘りが突然燃えあがったとしか発表されていない。ミステリーだ」
竜夫のシビックはJR死可沼駅の正面に着いた。道は真っすぐに街にむかって下る。死可沼は舟形盆地にある。低地にひらけた街だ。竜夫の故郷、はこの死可沼だが、ここからさらに西の郡部、古峰山の山奥の部落で、六十キロはある。奥日光に隣接している。だから、死可沼市街の位置関係は岡田のほうが明るい。
「栃木新聞の支社に寄ってみよう。高校の先輩がいる」
黒川にかかった府中橋を渡った。街も河川敷も昨年夏の火災と秋の洪水の被害で荒れ果てたままだ。二重災害から復旧するのには、まだ時間がかかりそうだ。左折する。F屋デパートは営業をしていた。
「まだ、焼け跡が残っているのですね」と岡田に感に堪えない。
「復旧までには、何年もかかるさ」黒元がそっけなくいった。
「岡田はUMAを信じるか」
「未確認動物のことですか。例えばアメリカのビッグフットとか」
「吸血鬼は、どうだ」
「だって、あれは小説、映画で創造されたものでしょう」
「プラムストーカーの『吸血鬼』は読んでいないのか」
「読んでいません」
「死可沼の大災害がヤツラのテロだったといって信じるか」
「そんなこときゅうにいわれても、ゲームの世界じゃなく、このリアル世界でのこととしたら、信じられません」
ここで吸血鬼の話がでるとは竜夫は思ってもみなかった。死可沼の大火に依って起きた暴動、略奪は中東からの移民らが起こしたものだった。貧困に苦しみ、かれらが引き起こしたものだ。火災も当局の発表では、木島堀の上流のガソリンスタンドから漏れ出たガソリンに引火しての大火災だ。タンクが東北震災でイビツニなっていた。というのだ。
竜夫の携帯電話がふるえた。デスプレイには野田と表示がでている。竜夫は黒元に挨拶して外に出た。
「タッチャン、鹿沼にきてるんだって」
デスクに聞いたのだろう。
「富士ゴルフ場。わかる」
「わかるよ」
「きてよ。オレひとりでは、ヤバそうだ」
岡田が出てきた。竜夫はエンジンをかける。
「野田からだった。なにか、ヤバネタみたい。ヤ―サンでもからんでいるのかな」
ゴルフ場までは15フンくらいだ。野田の身が危ない。不安になった。竜夫はアクセルを踏み込む。
また携帯電話がなった。野田からだ。ところが、携帯をひらいても、つながらない。
「急ごう」
こういうのを胸騒ぎというのだろう。竜夫はさらにスピードを上げた。くすんだような焼け跡をぬけた。田園地帯にでた。見の前に小高い丘が平べったく広がる。富士ゴルフ場が見えてくる。正面入り口への上り坂の手前に、ゴルフ場の金属ネットフェンスに沿って右に曲がる小道があった。周囲が雑木林なので昼でも暗い。不安は的中したようだ。強烈な恐怖に襲われた。
「あれだ、タッチャン右だ。争っている」
竜夫も見た。なんの物音もしない。数人がもつれあっている。竜夫は車から飛びだした
助手席にいた岡田のほうが一瞬はやかった。大学ラグビーのFDだ。岡田は全速力で走っ
ている。体ごと争っている人影にぶちあたった。
喘鳴のような声がもれていた。野田はボコボコに殴られていた。不良がからんでいる。そんななまやさしいものではなかった。相手はプロだ。声もあげずに向かってきた。三人いる。よく野田がひとりでふらついているが、倒されもせず戦ったものだ。
敵は舌舐めずりをするかのように、余裕をみせて襲ってきた。そこで、竜夫はかれらが野田をいたぶって、たのしんでいたのだと――思った。殺意があるのに、いままで殴ったり蹴飛ばしたりしてたのしんでいたのだ。吸血鬼だ。死可沼にも吸血鬼が出現している。こんな冷酷なシウチができるのは人間じゃない。竜夫はジックリとかれらを眺めた。いやちがう。冷酷な態度だが吸血鬼ではない。
「おまえらか。おれがわかる」
吸血鬼なら共通の認識がある。おれのことを知っている訳だ。
「だれだ。お前」
「これで決まりだな。あんたらどこの組みのものだ」
この黒服たちはヤクザだ。デブとヤセとチビのトリオだ。
三人そろって黒服。赤いループタイをしめている。かなりオシャレだ。やしり、夙川組だ。
細身の男の頬には傷が斜めに走っている。この男が兄貴分らしい。竜夫は岡田にサインを送った。
岡田は野田を車に乗せて撤退。一刻も早くここを離れる。現実の生々しい暴力に直面した。黒服の男たちを目前にしてビビル。あたりまえだ。
うろたえていた岡田がどうやら竜夫の意図をサインからよみとった。野田をかかえて後退る。岡田と野田の二人が、こちらに背中を向けシビツクに歩み寄る。
竜夫はヤクザトリオに攻撃をかける。
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