第七章の14

14

 

「夙川組の事務所に攻め込めば、野田さんのお父さんのカタキもとれるわよ」

「それに麗子のカタキも――本田をヤッタだけではだめだ。まだまだヤッラはいる」

「麻畑を急襲した以外の、ほか組員は事務所に残っているだろうか」

 野田が独り語。

「根こそぎ、全滅させなけれけば」

 メグは強気だ。

 メグは一気に登録してある全員に携帯から指令をだした。いますぐ夙川ビルに到着する。まだ、闘える態勢にあるひとは全員集合。

 サドンデスだ。一発で勝敗が決まる。こんどこそ、とことんやってやる。

「これからの夙川組への襲撃は最後の仕上げだ。麗子の復讐をするなんて、古いかもしれな。これで終わりにする。宇都宮餃子を守り、宇都宮の夜の街を吸血鬼からBLOCKする。守護するのはこれまででいいだろう。Q本田のその配下は倒した。麗子に直接暴虐の限りをつくしたヤッらは消去したからな」


 地下室からのエレベーターだけが14階で停止する。

 他のエレベータにはその階はない。

 14階という隠し階があるなんてだれも気づかない。

 いちど、夙川ビルのオーナーの部屋に攻め込んだ経験のある竜夫だからこその知識だ。それも、地下の駐車場からのみ直通のエレベーターがある。14階にあるペントハウス直通のエレベーターだ。


「ここからは、おれひとりで行く」

「わたしもいく」

「おれも、竜ちゃん、いく」

「だめだ。危険過ぎる」

「いかせて」

「いかせてくれ」

 ふたりは執拗に竜夫につめよった。

 どうしてもついてくるとういいはった野田とメグ。スタンバイしている。全員でビル内でた戦うのは、危険過ぎる。


 いつもとかわらぬ、宇都宮の夜景。ネオンが美しい。

 この前、襲撃をかけたときとでは、部屋の様子がさまがわりしていた。

 部屋の中にはイガラッポイニオイが漂っていた。

 猫のマーキングをうすめたような、いやなにおいだった。その異臭の中で竜夫は 不安におそわれていた。敵がいて乱闘になったほうが、気がらくだった。

 いや――それ以外の状況は予想していなかった。だからこそ、この静寂が不安をかきたてるのだ。静かすぎる。

 だあれもいない。いや、たったいままでひとがいた気配はする。このニオイだって、マリアァナをすっていたあとに残された匂いなのだろう。彼ら、夙川組のモサは何処に消えてしまったのだ。それでも、竜夫は警戒をおこたらず、足音を忍ばせて次の部屋にはいった。

 窓からその部屋では月明かりがさしこんでいた。あかりはついていない。餃子館がみえる。竜夫の部屋のあたりがぼんやりと遠望できる。

 あの暗い窓がおれの部屋。

 ここから、高瀬が撃った。はずすわけがない。

 故意に警告として狙撃したというのか。

 あぶないところだった。

 竜夫は耳をすませた。隣りの部屋から物音がする。

 なにかを床に打ちつけている音だ。

 フロワ―はパーティションで複数の部屋に仕切られていた。夙川社長を追いつめて乱闘したときとでは、ここもおもむきがかわつていた。

 こちらは作業場のようになっていた。大麻の葉が作業台の上にちらほら残っていた。よほどあわてて撤退したのだ。まだだれか残っているようだ。

 男がふりかえった。高瀬兵馬だった。スナイパーだ。

 柱からのびた鎖で足首を縛られている。

 椅子に拘束されている。

 手首はプラスチックの結束バンドで拘束されている。

 首輪がはめられている。

 時限装置の爆弾つきの首輪だ。

 タイマ―が残り時間を示している。

 あと七分。

 思いがけない光景が竜夫の眼にとびこんできた。

「近寄るな」

 高瀬兵馬。夙川組のおかかえのスナイパー。

 拘束されていたのは高瀬だった。


 どうあがいても、知識のない竜夫には時限装置を解体することはできなかった。


 チクタク、チクタク、チクタク。首輪のタイムズアップ・タイムズアップ。タイムズアップまであと四フン。死フン。チクタクチタクチクタチクタク……。耳もとでQ本田の声がする。ナンテヤッダ。灰になっても、まだ生きている。もちろん、幻聴だ。このごにいたってまだQの呪いからぬけだせない。Qの呪詛をふりはらうように、竜夫は立ちあがった。


「もういい。ありがとう、竜夫くん。最後にまっとうな人間に会えてよかった。胸のポケットにスマホがある。彼女に直通だ。おれの生年月日をIDにしてある。いままで稼いだ金は全部彼女のものだ」


「さようなら」

 竜夫は兵馬に背を向けた。

 竜夫は心の中で史上最高といわれたスナイパーにアイサツした。

 ドァが眼の前にある。

 残された時間はもうないはずだ。

「ありがとう」

 背中に兵馬の声をきいた気がした。


「アイツラハは北に逃げた。那須に逃げた」


 エレベータまで急いだ。

 夙川ビルの外に出たところで爆発が起きた。

 ほかにも、爆薬がしかけてあった。

 スサマジイ爆発音。

 大火炎が夜空にふきあがった。

 兵馬に依頼された。電話をした。

 電話のむこうで女が泣いていた。

「どうしてよ。どうしてそんなに……わたしにミツグのよ。品川でハニトラップにかけて、組みにひきこんだわたしにつくしてくれるのよ。あのひとはね、バカよ」

 見知らぬ女の慟哭。遠い距離。竜夫はそっと携帯を閉じた。

 携帯がなった。こんなときに、誰だろう。画面には山田の名が表示された。聞きなれた声が呼びかけてきてた。

「若‼ そちらで爆発音がした。炎も見える。なにがあった」

 矢板にいるという。那須トミコの家の整理にもいるのだろうか。

「矢板のほうで、感知したのですか」

「直線距離だったら、12キロくらいだ」

 竜夫はいままでの経緯を手短に知らせた。

「それでわかった。先生が街頭演説の後で、体調を崩して入院してる――」

「トミコさんは?」

「家の中を整頓してくると――夙川組の組員が何人か矢板の病院に入院しているらしい」 

 山田が絶句した。

「まさか南ではなく北へ逃げたとは――」

「ぼくらも、すぐいきます」

「夙川組を追いかけるのはもうよせ。あとは、警察にまかせるんだ。おれは動けない。先生の側をはなれられない。先生は最初からあのゴルフ場にはなにかあると探索していた。まさか大麻畑とはな。おどろきましたよ、若」

「もう、車にのっています」

「じゃ先生の見舞にくるんだ。どれくらいかかる」

「15ふんでつきます」

「そうか。そうだな。いったん、切る」

「野田。大野警部補に携帯するんだ。これからさきは、野田のスクープだ」

「いいのかよ、竜ちゃん。おれだけのものにして。こんなずごい情報ゆずって」

「おれは、覚悟をきめた」 



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