第四章の7


「それで、彼女を置き去りにして逃げたのか」

 竜夫が野田を問い詰めた。

「情けないヤッだ」

「なんとでもいえ。夢中で逃げだしていた」

「警察に届ける必要がある」

「なんて言えばいいのだ」

「八幡山公園にケガした女性がいる――」

 野田と竜夫は二階の編集室の隅でひそひそ話。

 階下の営業部で悲鳴が起きた。

「おらぁ。スケコマシのクサレブンヤ! どこにいる」

「でてこい」 

ハデに騒ぎ立てている。

竜夫がすばやく反応した。

「颯太。つけられたな。かくれろ」

 だだっと、階段をかけあがってきた。ブラックスーツの凶漢。太っちょとノッポとチビだ。ノッポは紺のストライプ。スリピースで決めこんでいる。漆黒の髪を今時はやらないオールバック。コイツが兄貴分らしい。

「おや、あんたたちか」

 竜夫には馴染みの顔。ゴルフ場前の林で野田を助けた時の相手だ。

「野田を追いかけて来たのか。それともオレに報復か。また痛い目をみますか。ここは、警察と同じ、社会正義を守る砦だから、戦うなら屋上でどうだ。ここはあらされたくないからな」

 ワザと、屋上にさそってみる。ブラフだ。

 竜夫も必死だった。このまま黒服に編集室を蹂躙されたら、それこそ新聞種だ。

 みんなの前で、武芸を披歴するのは得策ではない。でも、野田を探して、あばれまわれられたのでは、サマニならない。竜夫の長い問いかけに黒服は沈黙した。

 そして、拳銃をかまえた。ノッポだ。

「新聞社の編集室で、ソンナものだしていいのかな」

 竜夫が相手をコウフンさせまいとのんびりとした声音で話しかける。

「野田をだせ」

「また、取材にでかけましたよ。伝言があるならどうぞ」

 のこりのふたりが、ダダっと部屋の中をはしりまわって野田を探す。

「どこへ隠した」

「だからぁ――いませんて――」

 竜夫は拳銃男に椅子を蹴りあげた。みごと。男の右半身、拳銃を持つ側に椅子はピッとした。男がよろめく。黒服はなにを思ったか、一言も反発せず撤退した。最初の意気込みは何処へやら。不可解な行動だった。街からパトカーのサイレンの音がきこえてきた。この音に反応して暴漢は逃げたのか。


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