第五章の5


 約束の時間は経過した。山田は到着しない。コールバックしょうと携帯を手にした。そのとたん、携帯が震えた。となりで休んでいる草太を気づかって、マナーモードにしておいた。

「那須トミコです。車が追突されて、いま救急車の中……です。山田がケガをして――」

 メイルだった。どうして、那須不動産の未亡人が山田とイッショなのだ。女好きの山田のことだから……さっそくクドイタノだろう。

 どうかんがえても、おかしい。この時間の経緯では、事故を起したトタンに救急車が来たことになる。それとも、救急車に追突されたのか。それはナイダロウ。おかしいと思った竜夫は消防署に電話をした。予想通りだった。この十分間に救急車の出動はないという。大野警部補に連絡する。竜夫は事件のにおいを記者のシェックスセンスでカギとった。こちらからトミコに携帯するのはひかえた。

「渡瀬大臣の秘書をしている山田が誘拐されたらしいのです」

 彼から連絡があった経緯とトミコからのメイルについて要約する。

「山田って、あの年男」

「そうです。中藤流の同門です」

「竜夫さん」

 警部補が電話の向こうで改まっている。

「いま、この時間に何人集まりますか」

 同門の仲間を何人召集できるかということだ。古武道中藤流の連絡網でスケットを何人集めることができるか。そう訊かれている。

「警察は、事件が起きなければ動けない。テロなどの予防策のためなら動くが、民間の事案では、その予防のためにはひとは割けないんだ。ごめんな。おれ、個人としては、話は、わかった。これから心当りが在るからあたってみる」

 その一言だけでもありがたかった。

「赤紙」とメグにメールをした。

 すぐに、竜夫の携帯がなった。

「いまのメールどういうこと」

 メグからだった。竜夫は野田と支局を後にした。

 ともかく、マロニエに集まろう。

「メグ、協力してくれ。道友の山田年男があぶない。夙川ビルを見張ってくれ。とくに地下駐車場へ入っていく車、白のバン、後部が救急車のように観音開きになっているワンボックスカー……おれもすぐいく」

「ラッキー。わたしいま、マロニエにいる」


メグはマロニエをとびだすと、外は満天の星空だ。街にはネオンがついている。

「あの夙川ビルは関西の山川組の分派、夙川組の前線基地なんでしょう。『祇園』にタッちゃんと潜入したときのこと思いだすわ」

「あまりむりするな。おれがいくまで、ムチャスルナよ」

「レデイスにも連絡したから、ひさしぶりでアバレられる」

 メグは電柱の影に身をひそめた。竜夫に頼られてうれしい。地下駐車への出入りがよく見える。ワンボックスカーをみはった。何台も黒のセダンが一斉にでていく。

何が起きてるの?

 タカコがバイクのエンジンを切って背後からささやく。

「みんなは」

 タカコが背後をふりかえる。心強い仲間のバイク。

「バイク、かりるね」

「平成通りを鹿沼方面に向かっている」

 連絡をいれると竜夫からは、そのまま追跡してくれという応がもどってきた。宇都宮中央郵便局の前を通過。国道四号線と交差。左折も右折もしない。セダンの車群は直進している。これで、目的地は死可沼と確定した。

「メグ。こっちへこい」

 竜夫の声が携帯の中でする。戸祭方面から来た竜夫のシビックがメグの前にはいりこむ。

トイザラスの入り口にタカコのバイクをのりすてる。タカコはなかまのバイクのリヤ―シートにいるはずだ。

「リョウカイ」

「めぐ。何人くらいに成った」

「ボーイズも合流した。13人はいる」

「武装は――」

「もちろん。なにか、大きな抗争に成りそうだから、武器を積んだ車もよんでおいた」

「ありがとう。心強いよ」 

「なにが起きているの」

「野田のお父さんが殺された」

 竜夫はメグに言う。

「栃木新聞でよんだよ」

「ヒットマンが夙川組にいる。標的がだれかはっきりとはわからない。野田のお父さんや、支局まで乱入してきたが――だが、狙いはほかにある。ぼくらは、そう睨んでいる。そして、渡瀬大臣の秘書が拉致されたようなので――」

「こんどこそ、竜夫、あいつらの、正体がわか。そんな気がするね」

 そうなってほしい。いろいろ情勢がかわった。それで敵の狙いがわかってきた面もある。

 竜夫は宇都宮に着任、もどって来た日に、駅のコンコースでヤツラにおそわれていた。麗子がヤツラに支配されていた。クスリ漬けにされ、噛まれていた。竜夫は麗子をその苦境から助けだそうとしたが――無念、ダメだった。竜夫はじぶんの非力を思い知らされた。悲しみの深淵になげおとされた。そしてリベンジを誓い、麗子を失った悲しみから這い上がろうとしている。

 メグとその仲間の走り屋、メコン、野田の助力があっても、吸血鬼化したヤツラには勝てなかった。関西から進出るして来たタコ焼屋をコシ抱きしている夙川組と地元の餃子屋との抗争にまきこまれたと思ってきたのだが――。死可沼の富士カントリー倶楽部正門前の雑木林で。野田が三人の暴漢に襲われた。そのご、野田がSと性交の真っ最中に襲われ、支局までアバレこまれた、そして野田の両親が襲われた。すべて、野田がらみだった。

「だから野田ちゃんが狙いだと思いこんでいた。でも、渡瀬大臣の秘書山田が襲われたことで事件の糸口がホッれた。三人組は、とくに高瀬兵馬は彼らがここ、宇都宮や死可沼に出没していることを知られたくはなかったのだ。それで顔をみられた野田のオヤジさんをハジイタ。いや、恨みがあったのかもしれない。兵庫県警にいた野田さんは、なにか恨みをかうようなことがあっても不思議ではない」

「栃木県警の対組の刑事部長クラスが兵庫県警に移動になるか竜ちゃん知ってるか」

野田が竜夫に訊ねる。

 知らない。そんなこときくのは初めてだ。

「オヤジにきいたのだが、昔山川組の総長が宇都宮の出身だったことがある。それで大挙して宇都宮のヤクザが兵庫県に移動した。それで、彼らのことに明るい、面識もある刑事が何人か兵庫県警に移動したのが、キッカケだった」

 なるほど、そういうことか。

 野田は県警の記者クラブに勤めるようになってからも、親の七光で、その恩恵にあずかった。こんどの、オヤジが射殺された事件があったので、陰ながら大野警部がガードしてくれている。

 ありがたい。

「だいぶ見えてきた。標的は渡瀬大臣か」

「でも、なぜ」

 黒のセダンの車群が、カントリークラブの正門前で停車した。そのさきに――白のワンボックスカーが見えている。鉄柵のつながりのように見える門扉は閉ざされたままだ。


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