第七章の8

8 


 広々とした緑の麻畑。麻の茎の上部が数条奥に向かってゆらぎ、乱れ、直進していく。     

 アノ先に工場がある。

 アノ乱れている麻畑で夙川組の武闘派とゴルフ場のガードマンが争っている。八方から進む茎頭のゆらぎはただ一か所に向かっている。

 アノ先にまちがいなく、ある。

 工場、大麻タバコや麻薬製品、合成麻薬をつくる工場がある。

 あの、麻の茎をゆるがしている山川組のアーミ服のなかに父を射殺したものたちがいる。ゆるせない。野田は確信した。

 竜夫と共闘する覚悟で野田は斜面の道路を戦いの場に走りこんだ。


 竜夫は道路脇の側溝に身を潜めて前へ進んでいる。麻畑の中の見えない戦いの場が先に移動している。アミ―服の攻撃の激しさに守るゴルフ場側が攻め込まれている。麻畑からは呻き声が間断なく聞こえてくる。

 轟音がした。爆発音だ。

 麻畑が途切れたあたりで、爆炎があがった。

 爆発音がたてつづけにおきている。

 かなりの負傷者がいる。肉弾戦となったら、殺しの経験のあるヤクザのほうが有利だ。タダ守るだけでは――。緑のガードマンには心の弱さがある。道場で竹刀稽古をするのと、白刃で人を斬るのは、まったく異次元の戦いであるのと同じだ。まして、ゴルフ場のガードマンは修羅場をくぐっていない。

 麻の密生した畑からアミー服がころがりでた。緑のユニホームのガードマンが追って来た。追いかけてきた緑の男は麻畑からとびだした地点で倒れた。麻畑のあちこちでまだ銃声と苦鳴がつづいている。

 アミ―服が竜夫に気づいた。

「ゴロ記者か」

 駅のコンコースで衝突した男だ。

 麗子のマロニエをおそった男だ。

 本田だ。

 Qだ。ピンピンしている。なんど殺しても、生きかえってしまう。白昼なので、Qに変身できないのだ。Qになれば、日射病にやられてしまう。

 地下駐車場で闘った、本田の子分たちもいる。チンピラ――麗子に乱暴した憎い男たちだ。コイツラを殺すにはどうすればいいのだ。おれの力ではころせないのか。

 竜夫は取り囲まれた。神のお導きだ。竜夫は怒りにまかせ、本田の効き腕をつかんだ。ただ、つかんだだけではない。古武道中藤流「ひじくだき」の技だ。ひねりながら引いた。骨の折れるゴギッという音がした。本田は瞬時に、悶絶した。

 あっけなかった。太陽の下ではQとしての能力を開示できなかった。

「死ね」

 麗子の仇だ。万感の思いだ。

 麻畑での見えない接近戦は奥へ奥へと移動していた。麻の穂先がはげしく揺れている。

 喚き声。

 悲鳴。

 絶叫。

 竜夫から離れていく。行く手で畑が途絶えている。

 なんだ。あの茅葺の家は? いままで、麻の群落の陰で見えなかった。

 屋根は茅葺の農家風だ。建物はコンクリートの打ちっ放しだ。頑丈にできている。緑のガードマンたちが逃げ込む。イヤ逃げている風情はない。誘っているようだ。アミ―服が追いすがる。

 銃撃された。突然、コンクリートの壁に小さな窓が開いた。銃眼だ。銃声がひびく。アミ―服が倒れる。

 均衡が破られようとしている。両者の力が破綻をきたした。ふたつの闇の勢力が争っている。銃眼からは射撃が続いている。だか、夙川組の攻勢があきらかに優勢になってきている。銃眼からは射撃が続いている。

 壁の向こうのガードマンたちも、必死だ。でも、攻めこまれるのは時間のもんだいだ。

 あそこには、麻薬工場がある。

 そうか、そうだったのか。これはトンデモナイスクープだ。

 きのうの大スクープよりスゴイことになった。

 これは日本におけるはじめての麻薬戦争だ。

 日本最大と思われる麻薬工場を日本最強の広域暴力団元山川組の主流派夙川組が制圧の攻撃をかけている。

 建物の横にトラックがとまっている。作業服の男たちがあ然として積み荷の手をやすめている。

 戦闘要員ではない。あまりにふいのできごとなので、逃げだすこともできない。

 アミ―服がトラックにかけよる。男たちは首の後ろに腕を回し、すわりこむ。

「そのまま動くなよ」

 アミ―服のリーダーらしき男が大声をあげた。運転席にのりこんでいく。トラックは動きだす。強奪する気だ。すでにほぼ段ボール箱はビシリと荷台に積み上げられていた。

 トラックのエンジン音が高くひびく。動きだす。森への上り坂を疾走している。 だれも阻止できない。工場からは銃声もとだえた。

 弾切れか!

 黒服が工場になだれこむ。

 竜夫は建物の裏手にまわる。裏口の鉄扉を開く。ガードマンはいない。全滅したのか。室内にもぐりこむ。

 生温かい異臭をふくんだ空気が鼻孔をつく。

 作業台に女たちが並んでいた。さすがに手を動かしているモノはいない。作業着はきていない。パンテイだけだ。みな若い。豊満な乳房をむきだしにしていた。作業台の上では麻の葉の選別、乾燥がおこなわれていたのだろう。製品の持ちだし防止。逃亡できないように、裸で働かせていたのだ。なんて、やっらだ。

 工場の内部まで侵入してきたのは十人位のアミ―服の武装集団だ。ガードマンはふたり。武装を解除されていた。床にはらばいにふせている。竜夫はようすをうかがっていた。あまり近づかないほうがいい。いまふみこむのはリスキーだ。

 ところが、正面の戸口にふいに野田があらわれた。工場内を完全に征服したアミ―服が一斉に侵入者のほうをふりかえった。彼らからは竜夫は柱が影になって見えない。野田はは見えている。

「おや、野田デカのボウヤじゃないか」

 野田の父親を殺害したスキンヘッドの小男だ。野田に迫る。

「ボウヤも、死んでみるか」

 拳銃をかまえて野田に近寄っていく。

「製品はライトバンに詰み込め」

 兄貴分らしい男は小男の動きには無関心だ。

 野田と竜夫に間には、アミ―服が群れている。彼らはマリファナ―を詰めた段ボールや、ポットに植えられた大麻栽培用のプランタンを敏捷にもちだしている。

竜夫の神経はピント張りつめた。いつでも、柱の影からとびだせる態勢でいる。

大勢のアミ―服が邪魔で竜夫は暗器を投げられない。とびだして戦うことに決めた。野田を助けなければ。

このとき、工場の隅、一か所に集められていた裸体の作業員の女たちのなかから、いきなり、とびだしたものがいた。

 信じられないような敏速なダッシュ。

 みるまに野田に拳銃をかまえている男に迫った。

 まだ男には気づかれていない。

 男の手が拳銃を撃つ動作をみせた。

 トリガーに指がかかった。

 指がひきつる。

 女が肩から体当たりをカマセタ。

 小男がふっとぶ。

「野田ちゃん、逃げて」

 呆然と立ちつくしている野田に女の声がとんだ。

 女が絶叫した。この声で、凶暴な顔つきの男たちが何人かふりかえった。

 麻の新苗が育っているポットやプランタンを床にもどす。

 野田を注視――。男たちがどっと野田めがけて駆け寄る。

 もう逃げられる望みはない。

 野田は、じぶんを救ってくれた女を見ておどろいている。

 竜夫は床を見た。裸体の女に体当たりをカマサレて倒れていた小男。

 拳銃に手がのびた。飛び起きる。

 野田を脇腹に抱えこみヘッドロックを決めた。

 なにか野田にいっている。

 野田が苦しそうだ。

 男の脇腹を拳で叩いている。

「野田ちゃん」女が再び絶叫した。

 野田は畏敬のまなざしで見ている。

 そこにいるべきヒトではない。

 ところが目前にいる。

 竜夫は――。

 なげた。

 なげた。

 竜夫の暗器がスキヘッドの右腕を切り裂く。

 男はヘッドロックを解いて逃げる。

 腕から血を滴らせながら出口に向かって逃走。

「ふたりとも、外へでるんだ」

 竜夫は柱の影から暗器をとばす。

 とびだす。

 暗器をなげる。

 走る。

 部屋の隅に女たちがいなければ、竜夫も戸口から外へとびたしたい。

 彼女たちをミステるのか‼

 大麻、マリファナ製造のトラブル。

 で――。

 ギセイになってはかわいそうだ。

 暗器をとばす。

 とばす。

 とばす。

 拳銃をかまえたアミ―服の腕に竜夫の円形の暗器がツキササル。

 戸口から野田がふたたび姿を見せた。


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