第五章 襲撃の1

1

 

数日前。野田草太が富士カントリークラブ前の雑木林で襲われた日。

 大野崇警部補が取調室をでた。

先ほどから、胸の内ポケット着信をしらせる震動がつづいていた。ポケットから携帯電話をとりだした。周囲を警戒してみまわす。――それは習慣となっていた。ひとに聞かれてまずい連絡かもしれない。たとえ、県警の取調室の前の廊下であっても、その習慣に従う。携帯を開く。

「はい、大野」

「おじさん、助けて。襲われている」

「おい、その声は野田Jr.か――」

「鹿沼の富士ゴルフ場前の雑木林……」

 それで切れてしまった。切迫した呼吸音が耳にのこった。わたしを、オジサンと呼ぶのは野田先輩の息子さん颯太くんしかいない。放って置くおくわけにはいかない。   鹿沼警察署からなら、10分位の距離だ。顔見知りの倉田巡査長に連絡した。じぶんも、鹿沼に急いだ。30分くらいの距離だ。

 富士カントリークラブの前の雑木林には乱闘のあとは残っていた。下生が踏み荒らされていた。でも人影はない。先に駆けつけてくれた倉田も首を横にふっている。

「じつは、渡瀬大臣が来てるのです。このところまめにきています。遊びで来てるのだから警護のひつようはないといわれてます」

 格闘の跡はあった。でも、遺留物はなにもない。

 メールがきた。

「ブジ逃げられました。後ほど、電話します」草太からだった。

「騒がせたな。ブジだった」

 大野は倉田巡査長に礼をいう。

「まったく、ひとさわがせなJRだ」

「でも、こんなところで、なぜ毎朝新聞の記者が襲われたのでしょうね」

「ソレは、会って、問い質してみる」

 なにかネタを追っていたにちがいない。なにもないのに、ココにくるわけがない。事件になる前のコトに関しては――プレスのほうが情報が入る。

「渡瀬大臣が足しげく来てる。まさかコレじゃないだろうな」

 倉田に大野が小指をたててピコピコさせる。

「わかりませんよ。だいぶスキモノらしいですから。それに……噂ですがキャデイやレストランのウエトレスのなかには万札でマタを開くコがいるってきいています」

「やりほうだいか」

「噂ですがね」

「地方は不景気だからな」

 大野警部補はつづけた。

「女ならいいが――。政治家先生の女ネタなんて追いかけるな。事件にはならないから。黒いピーナツでも探せばいいのにな」

「ソンナ噂もありますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る