冬来たりなば春遠からじ 3


 それから、千尋と幸は駅へと向かいながら、ぶらぶらとウインドウショッピングをした。

 デートスポットもあれこれ調べていたけれど、幸に普通にお買い物はどうかと提案されたからだ。

 結果良かったと思う。

 本屋さんと雑貨屋さんを覗いて、「かわいい」とか「これ面白いよ」とか、好きな物を語り合って、何かお揃いの物をと本屋さんでピンクとブルーの、色違いのボールペンを買い揃えた。

 幸の好きなものを知れるのは嬉しかったし、幸に好きなものを伝えられるのも楽しかった。

 

 冬の日暮れは早い。

 四時を過ぎると、もう日は山の稜線へと掛かり、東の空は薄ら闇に染まりつつあった。

 楽しい時間はあっという間で、千尋と幸は早歩きで駅前のバス停へとゆっくり向かった。

 途中ファストフード店で砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを買ってきた。

 持っている手がじんわりと温かくて、ちょっとしたカイロ代わりになってくれている。

 バスが来るまではあと十分といったところだろうか。

 駅前のロータリーは数年前に新しくなっていて、広場に植えられている木にはブルーとホワイトのLEDによるイルミネーションが施されていた。

 千尋達はその木を囲むように設置されているベンチに腰を下ろすと、冷めてきたコーヒーを飲みながらイルミネーションを見上げた。

 昼間とは比べ物にならないほど、あちこちカップルだらけで、時折目を逸らしてしまいたくなるくらい仲のいい人達も居る。

 横に座る幸を見ると、その大きな瞳いっぱいにイルミネーションを映していた。


「きれい……」


 君の方が綺麗だよ、とは流石に言えなくて、千尋は口をぐっと結んだ。


 ――あ。そうだ。


 思い出して、千尋はずっと背負っていたボディバッグを下ろすと、中から赤と緑の紙で包装された小さな箱を取り出した。

 おずおずと差し出すと、幸は目を丸くした。


「僕から、クリスマスプレゼントです」

「え? わ、わたしも!」


 幸もバッグから白の袋に金のリボンが施されたプレゼントを取り出した。

 母の朝子はよく大きいバッグを使っているので気にしていなかったけれど、幸はこのプレゼントのためにバッグを大きめなものにしてくれていたようだ。

 幸が千尋のプレゼントを取り出すと、バッグは空気の抜けた風船のように萎んでしまった。

 嬉しくて、涙で視界が滲んできた。

 なんとか溢れ出さないように堪える。


「ありがとう」

「こちらこそ!」


 お互いのプレゼントを交換して、せっかくだから開けてみる。

 千尋が幸に用意したのは、小振りなシルバーのハートのネックレスで、幸が千尋に用意したのはマフラーだった。

 千尋は早速首元に巻いてみることにした。マフラーのロイヤルブルーが、今日の服に映える。


「羽鳥くん、わたしも羽鳥くんのプレゼント付けたいな」

「あ、うん」


 幸の背後に回り、首の後ろで金具を留めてあげる。

 邪魔にならないようにと、横に退けた髪から残された後れ毛が色っぽく感じる。


「どう、かな」


 今日の柔らかな幸の雰囲気に、千尋のあげたネックレスはとても似合っていた。


「似合うよ」

「ありがとう」


 ムードに流されて、このままずっと一緒にいたいと思ったところで、目の前にバスが停まった。

 千尋は今度は躊躇わずに、幸の手を引いて、バスへと乗り込んだ。


 朝と違って、賑やかなおばさん達のいない静かな車内。ちょっと疲れたような雰囲気さえある。

 千尋も幸も、言葉は交わさずに身を寄せ合うようにして座っていた。

 幸からラズベリーのような甘酸っぱい香りがする。

 千尋の手の上に、柔らかな幸の手が重なっている。

 朝のときとは違って、指を組み合わせた恋人繋ぎで、だ。

 学園祭のときとは違って、離さないようにと力強く握った。


 煌々と輝く見慣れた街並みを、バスが走り抜けていく。

 心から満たされていて、まどろみのなかにいるようなぼんやりとした意識の中で、幸の存在を確かめるように手を握ると、幸も握り返してきた。



 今朝乗ったバス停で二人は降りると、幸が慌てて借りていた手袋を返してきた。


「ありがとう。今日すごく楽しかったよ。プレゼントもすごく嬉しい」

「僕もだよ。誘ってよかった」

「……気をつけて、帰ってね」

「うん。八乙女さんも」


 離れていく指先が名残惜しい。

 でも、もう暗いし、帰らなければお互いの親が心配する。

 幸の背が見えなくなるまで見送って、千尋は思いを断ち切るように、帰ろうと踵を返した――その時。

 後ろからの衝撃で、前へ二歩たたらを踏む。


「え?」


 先ほどまで香っていた、幸の甘酸っぱいラズベリーの香り。

 横目で確認すると幸が千尋の背にしがみついていた。

 ボディバッグをしていなかったら、とても冷静になれなかっただろう。

 胸が痛い程に高鳴る。


「八乙女さん?」

「わがまま、言っていい? もう一つだけ、プレゼントが欲しいの」


 顔を上げた幸の目には涙が今にも零れそうなほど溜まっていた。


「『さち』って呼んで欲しい」


 千尋はこくりと喉を鳴らすと、ゆっくりと頷いた。


「幸さん」

「……わたしも、千尋くんって呼んでいい?」

「もちろん」


 幸が体を離すと、千尋は振り返って抱きしめた。


「幸さん、好き」


 おでこにキスをして、千尋は幸の顔を覗き込んだ。

 溜まっていた涙が、柔らかな頬を滑り落ちていく。

 両手で冷たい頬を包むと、親指の腹で優しく拭った。


「わたしも。千尋くん好き。大好き」


 この時間が永遠に続いたらいいのに。

 そう思いながら、今度こそ別れた。




 

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