道から、道へ。 2



「なあ、獅子屋頼むよ」


 両手を合わせて、男が目の前の人物に拝み続けている。

 いつも眠たそうな双眸は、今は強い意思を持って鋭い光を放っている。


「お前が入ってくれれば、次の書道パフォーマンス甲子園、本戦まで行けるはずなんだ」


 一方頼まれた男は興味が無いのか、雲ひとつ無い青空を見上げている。

 すらりと高い身長。モデルでもやっているかのような均整の取れた身体。そして、すれ違う者を振り返らせるほどの端整な顔立ち。

 髪は色素が薄いのか、日の光を浴びると金に輝いて見える。


「獅子屋!」

「ふぅ……。室井先輩、しつこいですよ。オレ何度もお断りしてますよね」

「そこをなんとか」

「第一、オレが入ったところでやっと本戦に行けるレベルならば、そんなお遊戯にお付き合いするつもりはないです。時間が勿体無い」


 ふっと鼻で嗤って、獅子屋は室井の横を通り抜けようとした。

 どこまでも高潔のように見えて、どこまでも傲慢。

 しかし、彼の才能は本物だ。

 書をやっている人ならば、誰だって彼の書に心奪われる。


「……弟の正親くん、書道パフォーマンス始めたって知ってた?」


 獅子屋の足が止まる。

 流石に弟の話題であれば食いつくだろうと思っていた。


 ――ビンゴ。


「あのド下手糞が?」


 獅子屋は大声で笑い出し、周囲に居た生徒が何事かとこちらを振り返った。

 それでも気にならないのか、獅子屋は笑っている。


「馬鹿らしい。あのセンスの無さで、アイツまだ書をやろうとか思ってるんだ」


 獅子屋の口から漏れ出てくる毒とも思える言葉に、弟の正親に心の内で謝った。

 それでも、と室井は思う。

 天才の獅子屋 正治まさはるが参加してくれたら、自分の代で行けるはずだ。

 あの夢の舞台へ――。


「いいですよ、室井先輩。書道パフォーマンス、やります。


 その代わり、生ぬるいパフォーマンスなんて許さないんで」


 最後の一言は誰に向けた言葉だったろう。

 室井は獅子屋の姿が見えなくなったあと、額の汗を拭った。

 相手は同じ高校生、しかも一個下の高一だ。

 それでも、そこら辺の大人には発せられないような威圧感を感じさせてくる。

 厄介な人物ではあるが、同時にこれ以上無い助っ人でもある。

 これで、駒は揃った。


 ――これも怪我の功名ってやつだな。


 室井は情報をくれる、入院中同室になった男の子に心から感謝した。




「おい、獅子屋!」


 卒業サプライズの書道パフォーマンスの片付けをしている途中、いつの間にかうつらうつらしていたようだ。

 目の前には眉間に皺を寄せた千尋が居た。


「立ったまんま寝るなよ。びっくりするだろ」

「んあー……へいへい」

「ったく。ほら、これ片付けたら終わりだからさ」


 筆を丁寧に洗って、墨を流し落とすと、筆先を上にして干しておいた。


「し――ま、正親」


 今、ここに居るのは獅子屋と千尋だけだった。

 驚いて振り向くと、横で筆を干している千尋が耳を真っ赤にさせながら、「なんだよ」と睨みつけてきた。


「いつまでも、『獅子屋』呼びじゃ他人行儀だろ。それに僕ばっか名前で呼ばれるのも変だし」

「……すっげぇ今更だな」

「タイミング無かったんだよ! 今度から、正親って呼ぶから!」

「へーへー」 




 花の芽が今にもはじけそうなほどに膨らんでいる。

 道々が鮮やかに彩られるまであと少し。





 第二章へ。



 竜を画いて、睛を点ず

 第一章 『始まりの黒板』 おわり。





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