天の青さ 日の白さ 3
大会が終わると、運動部の活発な声が戻ってきたものの、間を空けずに来週には期末試験だ。
全ての部活が試験前になると活動を休止することになる。騒々しさも今日からまた静かになるだろう。
その前に大きな書にチャレンジできたことは、とても良かったと思う。
「五教科だけじゃないんだもんね」
技術の教科書を繰りながら、幸が呟いた。
担任の三森は用事が出来てしまったらしく、一時間自習に宛がわれることになった。
「けっこう勉強するとこ多いよね」
千尋は数学の教科書を開いている。一学期の授業内で、
千尋の席の通路を挟んで隣から、消しゴムが転がってきた。千尋が拾い上げて渡すと、
彼女は席替えをするまで、獅子屋の隣の席にいた。物静かであまり話したことはない。
いつも背筋を伸ばして授業を受けている姿が、かっこいいと思っていた。
チャイムが鳴ると、みんな気だるそうに動き出した。試験前の自習は逆に気が緩むのだろうと思う。
「千尋っ!」
教室の入り口に、公弘と勇樹が立っていた。
「公弘、勇樹」
公弘は、千尋と幸を交互に見ている。席替えで幸の隣になったことは告げたけれど、公弘の気持ちを知っているから後ろめたさを感じる。
三人は少し歩いて、五組の突き当たりにある視聴覚室の前で止まった。
「大会お疲れ様」
二人からはラインで聞いたけれど、実際に会って言えるタイミングがなかなか無かった。
「準決勝までは行けたんだけど」
いつも余裕そうな勇樹が悔しそうに表情を歪ませる。
「マジあとちょっとだったんだよな」
「……とまあ、オレたちの話はこのくらいにして、千尋も今日から部活休みだろ? さっき千尋と久しぶりに三人で一緒に帰ろうって話になったんだけど、どう?」
「うん、僕も帰りたい」
「じゃあまた放課後に」
公弘と勇樹が手を振って四組の教室へ戻っていく。千尋も振り返してから、自分の教室に戻ることにした。
二人と帰れるなんて、いつぶりだろうか。
千尋が軽快な足取りで席に戻ると、幸が何か言いたげに口を動かしていた。
「どうかした?」
「……あ、うん。……南くん、怒ってた?」
「公弘? いつも通りだったと思うけど」
「そっか。……それならよかった」
珍しく歯切れの悪い幸が気になったけれど、次の授業が始まる。先生が駆け込んできて、チャイムが鳴った。
試験に向けての窮屈な授業を終えて、下校の時刻がやってきた。
玄関で靴を履き替えてから獅子屋と別れると、公弘と勇樹がやってきた。
「待った?」
「そうでもないよ」
次々と他のクラスの生徒も増えてきて、下駄箱前は混雑してきた。
千尋は邪魔にならないように、先に外に出ていると、勇樹が出てきた。
「公弘は?」
「靴紐が解けたっぽい。あ、きたきた」
「待たせたなー」
「じゃあ、帰ろうか」
三人で並んで帰るなんていつぶりだろうか。
なんとなく、入学式の頃を思い出して、千尋は黒地に銀のラインの入ったスニーカーを見下ろした。すっかり傷だらけのお気に入りのスニーカーは、今でも変わらずお気に入りのスニーカーだ。
ふわふわと浮き足立つ気持ちを抑えて、二人の間を歩き始めた。
入学式、桜が舞っていた河川の土手に、三人で並んで座った。
部活終わりだと、夕日に染まる頃だが、今日はまだまだ日が高い。
来る途中にあった自販機でそれぞれ飲み物を調達したので、体育大会の打ち上げと銘打って、乾杯なんてしてみる。三人ともペットボトルなので、ポコっと間抜けな音になった。
勇樹はお茶、公弘はコーラ、千尋はミルクティーを口にすると、顔を見合わせて「ぷはー」とふざけた。
いつかお酒が飲める年齢になっても、二人とこうしていられたらいいと千尋は思った。
「四組はどう? 斎藤先生ってどんな感じ?」
四組を担当している斎藤先生は、何百人も卒業を見送っているベテランの女性教師だ。
良く言えばふっくらとした体型をしていて、いつも柔らかく微笑んでいる。
「んー、フツーだよな」
「そうだね。まあ、話しやすい先生ではあるかな。
三森先生は千尋が今まで当たったことないような先生だよね」
「そうなんだよ。なんかやりにくいなぁとは思う」
千尋が神妙に言うと、二人は吹き出した。公弘に至っては、噎せている始末だ。
「なんだよぉ」
「千尋にも苦手な人間がいるもんだなって思ったんだよ」
「そりゃあ、一応僕も人間だからね」
勇樹のフォローに、千尋が頬を膨らませてみせると、ふっと公弘の表情が暗くなった。
何かあったのかと声をかけようとすると、公弘は顔を上げた。何かを決心した、力強い目で、千尋と勇樹を見る。
「あのさ、オレ、今朝八乙女さんに告白したんだ」
勇樹も聞いていなかったのだろう。珍しく目を大きく見開いている。
「……そんで、フラれた」
――南くん、怒ってた?
なるほど、幸が言ってたのはこのことか。
公弘からの告白を聞いて、一瞬なんでかと問いかけそうになったけれど、幸の顔を思い出すとその気力がふっと無くなった。
「そっか」
なぜだろう。公弘のことのはずなのに、千尋の目は熱を帯びていく。
堪えようとしたものの、じわじわと涙が溢れてきて頬を滑り落ちていった。
「千尋?」
勇樹に背中をさすられる。視界がぼやける中で、公弘が心配そうに顔を歪ませているのがわかった。
――違うんだ。公弘のために泣いているんじゃないんだ。
何故、涙が出てくるのか。答えはもうずっと前からわかっていたのに、公弘に言うことが怖くて封じ込めていた気がする。
「僕、公弘にずっと言ってなかったことがあるんだ」
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