朝虹は雨 夕虹は晴れ 6


 翌日、幸の言う通り見事なまでの快晴で、「おはよう」と交わすクラスメイトの表情も明るかった。

 席替えをすることになっていたロングホームルームは、また六時間目に行われた。

 先日と違うことは、三森が驚くほどにスムーズに進んだこと。

 千尋と獅子屋と松下はくじで見事に勝ち取り、同じ班になることが出来た。


「あとはどこの女子のグループと班になるかだなぁ」


 大きく欠伸をする獅子屋。千尋もつられて欠伸を噛み殺した。

 保険として、男女グループを合わせる用のくじも準備してくれているらしい。


「僕、行って来る」

「いってらっしゃい」


 獅子屋に背中を押されて、千尋は真っ直ぐ幸の元へと進んだ。


「……僕と一緒の班になってください」


 千尋以外にも男子は集まってくる。幸と一緒になりたい人は多い。

 以前なら譲ってしまったかもしれないところだが、今は譲りたくない。

 幸は同じグループの子と二言三言話して、「羽鳥くんのグループと同じ班になりたいです」と力強く話した。

 そのあとも揉めることもなく進み、ロングホームルームの時間は余るほどだった。

 幸のグループとすんなり一緒になれると思わなかったが、広瀬に後から聞いた話では「昨日の羽鳥がかっこよかったから仕方ない」という認識が広まっていたらしい。


「よろしくね、羽鳥くん」


 隣の席に幸が居るのはなんだか気恥ずかしい。


「こちらこそ」


 いつもみたいに笑ったつもりが、緊張で目の辺りの筋肉がぴくりと動いてしまった。



「今日は早かったな」


 逆瀬の皮肉に苦笑いしつつ、獅子屋と書を書く準備をする。今日は時間があるので、固形の墨をゆっくりと溶かすことにした。

 この作業が意外と好きで、獅子屋にもいい墨だと珍しく褒められた。

 今日もはがきサイズの画仙紙と顔彩と呼ばれる絵の具を用意して、墨を作っている間に先生にお手本も作って貰っていた。


 「『雨』?」


 行書体で書かれた『雨』の字。


「そう、ちょっと見てて」


 千尋は目を閉じて、一呼吸すると、目をゆっくりと開いた。

 筆を手に取ると、画仙紙の真ん中に、先生に書いて貰った『雨』を真似て書く。

 別の筆で『雨』の字を水で滲ませて、上半分の空白に赤、黄色、緑、青の顔彩でしずくを描いていった。

 規則正しく、色のグループを作って滴が紙の上半分の隙間を埋めていく。

 獅子屋がスマホを取り出すと、動画アプリを開いて音楽をかけ始めた。

 SEKAI NO OWARIの『RAIN』。千尋も好きな曲だ。

 ちょうどサビに差し掛かって、千尋は幅の広いハケで山なりに滴をなぞると、鮮やかな虹が現れた。

 獅子屋の口から感嘆の声が漏れる。

 最後に緑の顔彩で雨の下の隙間に蛙を三匹描きあげた。

 画仙紙に墨と顔彩が淡く滲み、それが全体的に柔らかく、温かさを感じさせる。


 ――けっこう上手く出来た気がする!


 手応えを感じていると、いつの間にか見物客は獅子屋だけではなくなっていて、あちこちから拍手が起こった。


「ええパフォーマンスやったで」

「まあ、『道』よりはな」


 逆瀬にストレートに褒めて貰えるのはくすぐったい。


「次は大きい紙でやりたいな」


 獅子屋の一言に、千尋も「僕も」と肯いた。

 最後に作品の左下に、幸に貰った落款印を押した。


 ――八乙女さんに見せに行こう。


 彼女はどんな表情を見せてくれるだろうか。


 そのあと獅子屋に、「そういえば昨日、松下から預かっていた」と傘を受け取った。

 昨日の獅子屋と幸のへたくそなコントを思い出して、笑いが込み上げてくる。

 きっと幸と話したいと思っていた千尋を、獅子屋なりに慮ってくれたのだろう。

  



 久しぶりの青空の中に、夏の気配がした。





つづく



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