言葉を有するほどの思いならば、 3


 迎えた月曜日。

 起きている間、ずっとパフォーマンスについて考えていたけれど、思いつかないでいた。

 そもそも、二人という人数でやれることは限られている。

 書く作業がメインなので、そこを削るわけにはいかない。

 とはいえ、獅子屋が書いて、千尋が一人踊っているのも何かちぐはぐな気がする。


 四時間目の授業、体育はダンスだった。

 千尋は獅子屋と松下の三人でグループを作っていて、次回の授業で三人で創作ダンスを披露しなければならない。

 予め決められたダンスを組み合わせるだけなので、曲が決まってからはすぐに内容の大枠は決まった。

 三人で輪を作るように座って、振り付けなど細部の確認をしている。


「お前達こういうの得意なんじゃないか」


 松下が千尋と獅子屋をじろりと見詰める。

 体育のときはうっとうしい前髪を上げているので、松下の視線を受けた獅子屋の苦そうな表情がよくわかった。


「書道パフォーマンスって、踊ったりするんだろ」

「それが、僕達二人だから、わりと書くのに必死で……」


 書道部の入部がかかったコラージュ、JITTERIN'JINNの『夏祭り』に合わせて書いた『夏』、学園祭のスローガンも、とてもダンスまで入れる余裕までなかった。


「……期待できないなぁ」

「松下こそ、なんか案はないのか?」

「ダンスは門外漢なんで」


 三人から漏れた溜息が揃う。


「せっかくなら振り付けで他のグループと差別化したいよねぇ」


 千尋の言葉に二人も肯く。

 それぞれ考えていると、幸が千尋と獅子屋の間にちょこんと腰を落とした。


「羽鳥くん達、どう?」

「八乙女さん」

「振り付けでちょっと迷ってて」

「そうなんだね。わたしのグループはアイドルの振り付け参考にしたよ」


 幸が手だけ動かして、振り付けを再現している。

 小さく口ずさんでいるのが可愛らしい。


「こんな感じ」

「八乙女ってダンス得意?」


 松下が声をかけると幸は首を傾げた。


「得意ってほどじゃないけど、好きだよ」

「じゃあさ、アドバイスくれない?」


 松下の一言に、幸はちらりと千尋のほうを見て「わたしでよければ」と笑った。

 千尋は幸がアドバイスするのを見ながら、ひらめいた。


「ねぇ、八乙女さん」

「なあに?」

「今度さ、書道パフォーマンス、一緒にやらない?」

 幸も獅子屋も目を丸くしている。松下は渋い顔をしながら「後にしろよ」と呟いた。

「いいよ!」


 力強く肯く幸の大きな目がきらりと輝いた。



「なんか思いついたのか?」


 体育が終わって、教室でジャージから学ランに着替えているときだった。

 早々に着替えた獅子屋が寄ってきて、千尋の隣の席の机にゆるく寄りかかる。

 次の時間は給食なので、担当のグループ以外は思い思いに過ごしている。


「二人だから出来る幅が狭いなら、ゲスト出演してもらうのはどうかなって」

「ほう」


 男子が着替え終わって、女子が入室してくる。

 話し込んでいる千尋と獅子屋に、櫛田がそっと近付いてきた。


「あ、櫛田さん」

「昨日の写真できたから持ってきたわ」

「ありがとう」


 洋形の封筒を開けると、綺麗にプリントアウトされた写真が入っていた。

 着ていたときは気恥ずかしさでいっぱいだったが、こうして出来上がったものを見ると芸術的に感じるから不思議だ。


「羽鳥くん」


 後ろから幸が声を掛けてきて、千尋はそちらに顔を向ける。


「櫛田さんも、書道パフォーマンスのこと?」

「いえ、違うわ。羽鳥くんたちに渡す物があったから」

「そうなんだね」


 幸は目を輝かせて、千尋の持つ写真の入った封筒を見ている。

 ここで幸に隠すほど、疚しいものではないのだが、櫛田がコスプレの趣味を隠していたことを思い出す。

 ちらりと櫛田の様子を窺うと、同じく千尋の様子を窺っていた櫛田と視線がかち合った。


「えっと、ごめんね。見せたくないものなら別に……」

「八乙女さんにならいいわよ。言いふらす人でもないでしょうし」

「ありがとう、櫛田さん」


 幸は千尋から写真を受け取ると、まじまじと見詰めて感嘆の声を上げる。


「すごーい!」


 大きな瞳がきらきらと光を溢す。


「こっちは獅子屋くんで、こっちは櫛田さん?」

「そう」

「プロみたいだね! お洋服も可愛い!」


 櫛田は幸の様子を物珍しそうに見ている。


「……今度、着てみる?」

「いいの?」

「ええ」


 楽しそうに話す二人を、獅子屋が父親にでもなったかのように温かく見守っている。


「美咲が楽しそうに女子と話してるの、久しぶりに見る気がする」

「え? でも、櫛田さんって別に孤立していたりするわけじゃないでしょ」

「まあな。でも、あいつあんまり人に心許すタイプじゃねーからな」

「へー……よく見てるね」

「そりゃあ、まあ……」


 視線の先で二人が一緒に振り返る。幸は頬を膨らませていた。


「ずるーい。わたしもみんなと遊びたい」

「っていうか、デートでもしてこいよ。まだ二人でどこも行ってないんだろ」


 千尋と幸が互いに見合って、頬を染めている。

 二人の甘ったるい空気に獅子屋は深く溜息をついて、櫛田はくすっと笑っている。


「……そんで、次のパフォーマンスは?」


 千尋はスマホを取り出すと、ある曲を流し始めた。


「これで、ちょっと劇を入れて――」


 千尋の話を聞きながら、みんなの表情がどんどん明るくなっていく。


「面白そうね」

「早くやりたい!」

「早速練習すっか」

「うん!」






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