冬来たりなば春遠からじ 4


 それから年が明けて――。


 千尋は久しぶりに書道部に顔を出した。


「明けましておめでとうさん」

「明けましておめでとうございます。屋古部長」


 今日は書道部一二年は参加するように、とのことだったので、一年二年の顔触れは揃っていた。

 奥の席で獅子屋が大きな口で欠伸をしている。

 獅子屋の隣が空いていたので、そこに座ることにした。


「明けましておめでとう、獅子屋」

「おう。おめでとう」


 冬休みとはいえ、部活はあったので、実際会っていないのは五日間くらいなのだが、獅子屋のふてぶてしさが懐かしく思えた。

 顧問の品川が教壇に立つと、教室内は静かになった。


「明けましておめでとうございます。みんな無事に新しい年を迎えられて、ホッとしています。さて、今日は、書道部恒例の書初めをして貰おうと思います。

 本来書初めは、二日までに行うものですが、皆さんのは今年の目標ということなので、是非志の高い目標を期待していますよ」


 書初め。

 千尋は背筋を正した。

 隣で獅子屋も、背を正したのを感じる。


 ――相変わらず書道バカだな。


 一人一枚書初め用の条幅が配られて、それぞれスペースを確保して、書き始めた。


 獅子屋は相変わらずのお手本のような綺麗さで、『初志貫徹』と書き、屋古はいつもと違った力強い字で『豪放磊落』と書いて周囲を関心させていた。


「いや、屋古はもう豪放磊落だろ。お前が細かいとこ気にしてるの見たことないわ」


 新副部長の間宮先輩にそう突っ込まれていたけれど、屋古部長はへらりと笑い「えー、オレ結構気にしいやで」と返していた。

 確かに、目標というよりも、いつも通りという感じかもしれないなと周囲で笑いが起こった。










 千尋は散々迷った挙句、『万里一空』と書いて、提出した。

 どんな一年になっても、決して目標を見失わないように。

 そう決意を込めて。


「屋古部長」


「ん? どうしたん?」


 書初めが終わると、いつもの書道部の活動が始まった。

 屋古も席に着いて、筆に墨を慣らしている。


「書道部って、卒業する先輩方へ何かはなむけとかしないんですか」

「一応、色紙は用意しとるんやけど……ああ、書道パフォーマンスしたいっちゅうことやんなぁ」


 屋古の洞察力に驚きつつも、千尋は頷いた。


「獅子屋にも話してみたんですが、やっぱりお世話になった三年のみなさん――逆瀬元部長に、見てもらいたいです」

「オレはええと思うよ。あとは顧問の品川ちゃんに相談してみなあかんけどなぁ」

「ありがとうございます!」

「協力させてもらうわ。びっくりさせてやろうなぁ」


 いつも、獅子屋と千尋が書いている横で見守っていてくれた逆瀬。

 逆瀬の存在があったから、もっと上を目指せた。



「よし、獅子屋。打ち合わせをしよう」

「ああ」






 つづく。







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