独り冬夏に有りて、青々たり 3


 八月二十日。

 お盆休みが明けて、学校の中は部活動に励む生徒の声で賑わっている。

 千尋と獅子屋は、玄関でばったりと会って、そのまま書道部へ向かうことにした。


「獅子屋、海でも行った?」

「いや」

「最後に会ったの、約一週間前だったと思うけど……何をしたらそんな黒くなるんだよ」

「走ってた」

「はぁ?」


 獅子屋の二の腕には、くっきりとTシャツの跡が残っている。鬱陶しい前髪の下も、小麦色に焼けていることだろう。

 一方千尋は相変わらず透き通るような白い肌をしている。

 それぞれ、夏休みの過ごし方の違いがはっきりと現れていた。


 書道部の戸を開けると、そこはすでに静まり返っていて、ぴりぴりとした空気に包まれていた。誰もが、自分の書のために必死になっている。

 美術部の緩い雰囲気と違い、肌で感じるひとりひとりの強い意思に、千尋も感化されて、カバンを放り出して書き出したい気になる。

 黒板に貼られた出欠表を書き込んでいると、顧問の品川が小さな声で二人を隣の教室へと呼んだ。

 普段は三年五組が使っている教室で、千尋たちが使っているものよりも机や椅子が高い。

 エアコンの入っている書道部の教室と違い、誰も使っていない隣の教室は蒸し暑かった。


「ごめんね。みんな集中しているから、ちょっとここで先に二人に話しておこうと思ってね」

「はい」


 窓を開けて、なけなしの涼を求めるものの、期待するほど風は無くて、汗が額から垂れていく。


「最初はちょっとした時間に舞台を借りて、二人にパフォーマンスをしてもらおうかと思っていたんだけど……生徒会長が、今回の学園祭のオープニングでスローガンを二人に書いて貰えないかって」

「オープニング……」

「そう。全校生徒の前で演技することになるわ。……最初、断ろうかと思っていたのよ。経験も浅いし、いきなり全校生徒の前って、緊張するでしょう。

 でも、二人はきっとわたしと違う答えをしそうな気がしてね。……どう? 受ける?」

 二人は顔を見合わせることもなく、強く肯いた。

 お互いに、断らないことはわかっていた。


「そう。それじゃあ、学園祭までもう一ヶ月もないから、がんばりましょうね」

「ちなみに、スローガンってもう決まったんですか」

「夏休み明けに発表されると思うけど、二人は先に知っておいたほうがいいわよね」


 品川は一度席を外し、一枚のプリントを手にすぐに戻ってきた。

 はい、と手渡された紙を二人で覗き込む。

 そこには『One for All All for One~心をひとつに~』と書かれていた。


「え、英語……?」


 横目で様子を窺うと、獅子屋が口をへの字に曲げていた。

 前髪の下がどんな表情になっているか想像がつく。


「しかも、時間も決まっているからね。今回は羽鳥くんにも字を書いてもらいます」


 品川はにっこりと微笑んだ。その笑みに有無を言わせないプレッシャーを感じる。

 ……しかし、願ってもないチャンスだ。

 もしかしたら、書道パフォーマンスに興味を持って、誰かが入部をしてくれるかもしれない。


「頑張ります」




「とは言ったけどさぁ、どうする?」

「今回はテーマソングも決まっているしな」


 品川は書道コンクールに向けての指導に戻ったため、エアコンを入れてもらって、二人はそのままミーティングをすることにした。

 二つの机を向き合わせて座り、うんうん唸る。


「まず、英語を書いた試しがない」

「そうだよなぁ」


 それだけではない。

 文字数も比較的多い方で、二分程度の内に書くことになる。

 今まで自由に書いてきた二人にとって、初めての挑戦だ。

 いいアイディアが浮かばずに、二人して天井を仰ぐ。

 すると千尋が、「あ」と何か思い出したのか、ポケットから手の平に収まる程度の紙の袋を取り出して、獅子屋の前の机に置いた。


「これ、お土産……と、誕生日おめでとう」

「え」

「先週誕生日、だったよね?」

「……祝われると思わなかった。ありがとう」


 獅子屋は照れているのか手の甲で鼻の頭を擦る。


「開けてもいいか?」

「どうぞ」


 中には三センチ程の太さの平らな紐が入っていた。

 長さは百センチあるだろうか。



 


 

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