言葉を有するほどの思いならば、 2


 獅子屋といると、自分の身体に関する成長の遅さが気になってしまう。

 同級生の中でも声変わりしている人が増えてきて、勇樹も学園祭を終えた辺りから声が少し低くなっていた。公弘は成長痛で二、三日休んでいたようだ。

 背は少しずつ伸びてきているものの、身長順に並べば前の方。

 未だに小学生に間違えられる童顔。

 そんなコンプレックスだらけの千尋に、櫛田の用意した衣装はフリルやハーフパンツのせいもあって、かなり幼く感じさせる。

 白タイツが肌にぴったり張り付いて気持ち悪い。

 着てから、自分の姿を想像してうんざりする。

 対して目の前の獅子屋は同じようにフリルがあっても、スーツのようでかっこいい。


「着れた?」


 櫛田が躊躇いもなく部屋を仕切っていた襖を開ける。


 ――き、着替えていてよかった……。


「うん、似合う」


 満足げに頷き、彼女は手招きをした。

 机の片付けられた空っぽだった隣の部屋は、いつの間にか畳みが大きな白い布に覆われていて、アンティークの小道具とカメラも用意されている。


「じゃあ、羽鳥くんからメイクをするから、あんた椅子持ってきて」

「あの重たいやつか……」

「いいじゃない。どうせこの後も筋トレするんでしょ」

「へーへー、わかりましたよ」


 気だるそうではあるけれど、櫛田の命に従って獅子屋はさっさと出て行った。


「重いなら、僕も行ったほうがいいんじゃないかな」


 獅子屋の背を目で追いながら、千尋は隣に立つ櫛田に声をかける。


「大丈夫。一人で持てない程じゃないけど、うちが三軒隣だから面倒なだけよ」

「そ、そっか」

「そこ座って。少しだけ、肌塗らせてもらうわね」


 肌色よりも白に近い色の液体を塗ったあと、メイク用のブラシで肌にファンデーションを乗せていく。


「羽鳥くん、肌綺麗よね。あいつは日焼けしたあとも全然ケアしないから、塗りたくらないと白くなんないから困る」

「別に僕も日焼けのケアはしてないよ」

「じゃあ、元々いい肌質なのかしら」

「なんか、あんまり嬉しくはないような」

「そう? 今時男性用の化粧品だって増えているじゃない。関心持たれなければ、商品なんて出ないと思うわ」


 それは、確かに。

 女性向け程ではないにしても、どこのドラッグストアにも男性向けのコーナーがあって、そこには化粧水からボディケアのグッズまで一通りは揃っている。


「……ねえ、羽鳥くんって八乙女さんと付き合っているの?」

「え、えっと」


 突然の質問に、千尋はうろたえる。

 獅子屋、公弘、勇樹、そして松下辺りにしかまだ言っていない。

 幸の承諾は得ていないが、勝手に言ってしまっていいものだろうか。

 悩んだ末、櫛田の人となりを信用することにして肯いた。


「そう。学園祭のときに、告白してもらって……」


 そう言った瞬間の、櫛田の苦い笑みが千尋の目に強く焼きついた。


「……そう」


 沈黙に包まれる。

 化粧は終わったのか、櫛田はメイクボックスにブラシを仕舞った。

 てっきり、弄られるか祝われるものだと思っていた。


「はい、終わり」

「あ、うん……」


 再び訪れた沈黙を、獅子屋の間抜けた声が破った。


「持ってきたぞ」

「ここに置いて」

「おー」


 獅子屋にてきぱきと指示をしながら、和風の部屋から洋風な部屋へと作り変えていく。

 部屋の角に絨毯にも見える柄のラグを敷き、持ってきた豪奢に見える椅子を設置すると、獅子屋に軽くメイクを施した。


「よし、じゃあ軽く撮りましょうか」


 獅子屋を椅子に座らせて、千尋を肘掛けに体重を預けた。


 それから、暫く、櫛田の指示に従って、プロのモデルのように細かく動いた。

 ちょっとした指先の動き、目線。

 櫛田の注文は細かくて、応えるのに必死だ。


「……うん」


 カメラの液晶を見詰めながら、彼女はふっと表情を緩めた。


「どう?」

「いい感じ」


 獅子屋と覗き込む。

 自分の写真をまじまじと見ることなんてないけれど、画面に写る自分はイメージと違う。

 衣装で幼く見えるかと思っていたけれど、表情はファインダーを睨みつけている。


「すげぇ……」


 千尋のぽろっと漏れ出た一言に、櫛田はふっと笑った。


「でしょう」

「自分じゃないみたいだ」

「ちょっとした見せ方で人って変わって見えるの」


 ――ちょっとした見せ方……。


「美咲。お前も撮ってやろうか」

「ちゃんと撮ってよ?」


 今度は獅子屋と櫛田が入れ替わって、撮影会が始まる。

 女子と至近距離で撮影をしているのが気になって、先ほどよりもどぎまぎしてしまった。

 実際、獅子屋の撮った写真を見ると、堂々と写る櫛田と違って、千尋は照れと表情を作れずに戸惑っているのが浮き彫りになっている。


「やっぱ下手」

「うるせーな」

「でも、ありがと」


 獅子屋は面食らって、口をあんぐりと開けた。

 そんな二人のやりとりを余所に、千尋は一人考え込んでいた。


「見せ方、かぁ……」


 今まで、書くことに必死だったけれど、学園祭の舞台で初めて観客の目というものを意識した。

 櫛田が撮ってくれたような、見る人を驚かせるようなものを書いてみたい。

 以前動画で見たような、ダンスを取り入れてみるのもいいかもしれない。

 あるいは見ている人にも参加してもらうのもありかもしれない。

 絵画や書道とは違う、その枠を飛び越えた作品を作りたい。


「次は僕が二人を撮るよ」


 意外なところから、アイディアは生まれてくる。

 まさか、この衣装を着たときは、こんな風にインスピレーションを受けるなんて想像もつかなかった。


「じゃあ、家でプリントしておくね。また明日」

「櫛田さん、ありがとう」

「ううん。こちらこそ、付き合ってもらってありがとう」


 櫛田の背を見送り、すっかり夕焼けに染まっている中で獅子屋の顔を見上げた。

 衣装は脱いだけれど、化粧はまだ落としていない。

 いつもの日に焼けた肌は、白粉おしろいのお陰で柔らかな印象を受ける。


「獅子屋、今度さ、パフォーマンスを強化してみないか」


 獅子屋は首を傾げる。


「具体的には?」

「ぐ、具体的……」


 言葉に詰まって、二人の間に沈黙が降りる。


「明日、決めよう」

「おう」




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