男は敷居を跨げば七人の敵あり
男は敷居を跨げば七人の敵あり 1
九月二日。
八月末の始業式の後から、文化部の熱の入りは一層増している。
獅子屋と千尋も、学園祭に向けて入念に確認を繰り返していた。
曲はWANIMAの『アゲイン』。ドラマにも起用されていて、耳馴染みのある曲だ。
公弘がWANIMAのファンということもあって、練習用にとわざわざCDを貸してくれた。
アップテンポで、歌詞もポジティブ。見ている側も、自然と盛り上がってくれるだろう。
「この曲もいいよな」
獅子屋が公弘の貸してくれた数枚のCDの内の、歌詞カードのひとつを指さす。
「『ともに』な。公弘はほんとセンスいいと思う」
今回二人は、『One for All All for One~心をひとつに~』という学園祭のスローガンを書くことになった。
実際に書道パフォーマンス甲子園で使う四メートル掛ける六メートルの物を用意してもらうことになっている。
ステージ全体を使うことになるため、感覚を覚えるためにも、演劇部から少し時間をもらって、ステージを借りて練習することにした。
初めて依頼されて、初めてステージで多くの観客を前に披露する。
千尋も獅子屋も、これ以上ないほどやる気に満ちているのを感じていた。
今回は文字も曲も予め決まっているため、どう魅せるかということに重点を置いている。
とはいえ、曲の半分に満たない時間内で二十六字を書き上げなければならない。
ダンスを入れたりする余裕もなければ、書ききるのだけでも必死だ。
そこで二人が出した案は、書く文字数が多くて困っているのならば、文字数を減らしてしまえばいい、だった。
獅子屋に、先に中心辺りに大きく『All』を書いてもらい、二度書かねばならない『All』の部分を一度で済ませる。千尋はそこから先の『for One』を書き、獅子屋は他の部分を手掛けることになった。
時間のやりくりはうまくいったものの、ほぼ獅子屋任せになってしまうのがネックだ。
そうした中で、獅子屋はもうコツを掴んだのか、担当している部分をすらすらと書いている。
一方千尋は大きい筆や字、立って字を書くことに慣れていないこともあって、少し手こずっている。
絵を描き慣れていることもあって、字の大きさやバランスは申し分ないのだが、獅子屋の字の隣にあると霞んでしまうのが問題だった。
「その辺りは仕方ないやろなぁ。でも、羽鳥くんもええ感じになってきたんちゃうかな」
「ほんとですか?」
「うんうん。ただ、もうちょい勢いを入れないと、獅子屋くんの主張に呑まれるで」
今回、屋古がサポートに入ってくれることになっている。
書道パフォーマンスでは、墨が垂れてこないように木工ボンドなども使って粘性を持たすが、それでも観客に見えるように書を立てれば垂れてきてしまうことがある。
今回のように短時間の場合、二人では垂れる墨にまで心を配ることは出来ないだろう。
悩んでいたところ、屋古が率先してサポートをやってくれると言ってくれて助かった。
「俺はもう自分の仕事は終わってるからなぁ。部長は部長でやることあるから、次期部長の俺がやるしかないやんかぁ」
書道部の現部長、逆瀬がこの場に居なくてよかったと、千尋も獅子屋も心の内で思った。
「けほっ、けほっ」
「風邪か?」
千尋の咳に、獅子屋が眉の顰めた。
「大丈夫。最近急に夜冷えるようになったからだと思う」
教室でも咳をしていたのが気になるが、本人は至って平気そうにしている。
それに、大丈夫と言われてしまうと、それ以上何も訊けそうになかった。
「……あんま無理すんなよ」
「わかってるって」
へらっと笑う千尋に安堵して、もう一度出来上がった書を覗き込んだ。
屋古も交えて、改善点はないか確認をする。
「そしたら、もう一回通してやってみよか」
「はい」
気合を入れて書こうとした矢先、何者かがステージの上にひょこっと上ってきた。
獅子屋や屋古よりも背は低いけれど、焼けた肌と筋肉質な体なせいか大きく見える。
「よっ、やってるー?」
いつもにんまりしている屋古が目を見開いた。
千尋も獅子屋も、現れた男に見覚えはあるものの、ピンとこなくて首を傾げる。
「生徒会長さん」
「え」
「どうもー。いや、美冬ちゃんから聞いてはいたけど、書道パフォーマンスってどんなもんかなーって思ってね」
「逆瀬部長、から?」
千尋の知っている生徒会長は、舞台上でも背筋を正した佇まいをしていて、真っ直ぐ前を見つめている人だ。
入学式のとき、校長に負けず劣らずの存在感を放っていた。
それがまさか、居酒屋の暖簾でも潜るかのような飄々とした様子で現れるものだから、同一人物だと思えない。
「君たちは『One for All All for One』って、どういう意味かわかる?」
「えっと……一人はみんなのために、みんなは一人のために?」
「ぶっぶー。直訳はそうなるんだけど、一人はみんなのために、みんなは一つの目標のためにって訳すらしいんだ」
――一つの目標のために。
「いい学園祭にしような」
白い歯がきらりと輝く。去っていった夏を思い起こさせる、笑顔の眩しい人だ。
「はい」
今月の二十一日と二十二日。
学園祭はもう目の前に迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます