言葉を有するほどの思いならば、 4

 一週間後。

 昼休みのまったりした一年五組の前の廊下に幸の姿があった。

 誰かと待ち合わせをしているかのように、壁に寄りかかっている。

 目の前の五枚の窓ガラスには、半紙が一枚ずつ貼られている。


 松下がCDラジカセのスイッチを押すと、懐メロのカバー曲が流れ始めて、行き交う生徒達が足を止めた。


「Are you ready!」


 幸が曲に合わせて叫ぶ。

 何事かと教室からも、顔を覗かせている。

 生徒の視線を浴びながら、幸が華麗に踊る。

 その度にセーラー服のスカートがひらひらと舞って、まるでドレスのようだ。

 そこに前髪を掻き上げてオールバックにした千尋が入ってくる。

 態度もどことなく粗暴で、服装もいつもと違ってだらしなく着崩している。

 幸に言い寄るように詰め寄る千尋を、幸は踊りながらかわす。

 サビへ差しかかろうとしたところで、瓶底眼鏡に前髪を七三分けをした獅子屋が入ってきた。

 千尋と幸の間に割り込み、千尋を窘めるような仕種をする。


「え、なになに?」

「劇?」


 周囲の生徒達がざわめく。

 その間を割って、二人は隅に置いてあった筆と墨を手にして、窓に貼ってある半紙に書き込んでいく。


『学園天国』


 今、流れている曲名だ。

 そして最後の一枚に左向きの矢印が書かれて、三人は矢印の方向、突き当たりにある視聴覚室へと駆け込んで行った。

 間奏が開けて、また三人の小芝居が始まる。

 三人の後ろには一畳分の大きさの習字紙。

 幸に恋心を抱くヤンキーの千尋と、真面目な雰囲気の獅子屋。

 いつもと違う二人と、幸を交えたコミカルなダンスに周囲から笑い声が上がる。

 そして、獅子屋と千尋は交互にダンスから抜けながら、後ろにある紙に文字を書いていく。

 自然と手拍子が湧いて、みんなのテンションが高いのが分かる。

 曲が終わると同時に、三人で集まってポーズを取った。

 わっと歓声が上がって、拍手が起こる。

 観客の中に公弘と勇樹を見付けて、千尋は手を振った。


「面白かった!」

「え、後ろのなに?」

「あれじゃない? 学園祭のときの……」

「書道パフォーマンス!」

「そう、それ」


 観客の中から『書道パフォーマンス』という言葉が聞こえて、獅子屋は震えた。

 今まで、千尋と、書道部の中での認識だけだった。

 それが、声をかけられるようになって、『書道パフォーマンス』として覚えてもらっている。

 獅子屋は千尋と書き上げた『喜楽きらく』という字を掲げた。



 昼休みの終了のチャイムが鳴って、慌てて撤収の支度を始める。


「八乙女さん、ありがとう」

「ううん、上手くいってよかったぁ」

「松下と櫛田さんも、ありがとう」


 松下に音楽を流してもらい、校則でワックスが使えないので、櫛田に手伝ってもらいヘアピンでオールバックにすることにした。


「体育のダンスの発表もこのくらい頑張ってくれてたらな」


 松下の一言に、千尋も獅子屋も苦笑いしかできなかった。



 その日の放課後、獅子屋はパフォーマンスするのと別に大きな書を書き上げた。


「有言実行?」


 力強く書かれた字が、獅子屋の本気を窺える。


「ああ」

「言葉を有するほどの思いならば、実るように行え」

「そういうやつだったっけ……?」

「いや。子供のとき、有言実行の意味が解からなくて、ばあちゃんに聞いたときにそう教わった。強い思いは言葉になる。言葉になるほどの強い思いならば、後悔しないように行動しなさいって」

「後悔しないように、か」

「ああ」


 獅子屋が歯を見せて笑った。

 千尋も同じように笑って返した。





 部活が終わって、二人は昇降口へと向かう。

 同じように部活が終わった生徒達で、下駄箱付近はごった返していた。

 ドアは開け放たれていて、吹き込む風が冷たい。

 「さようなら」「また明日」と挨拶があちらこちら飛び交っていて、千尋は邪魔にならないように人波を抜け出た。

 外へと踏み出てから、獅子屋の姿を探そうと振り向くと、夕陽に染まって、山の赤色が燃えているように見えた。

 冬の訪れを感じて、少しだけ心が弾んだ。

 



 つづく



 

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