7. 運動会の後半戦

 運動会は終わった。


 俺の中での運動会は、だが。

 ダンスが終わるとそのまま昼休みとなり、今俺となつきは親達の待っていた観客席にいる。

 ブルーシートが敷いてあって、すでにそこは宴会状態。

 さっき、老婆の格好で待機していたのもここだったのだ。


 小学校の6年間、うちの家族と江藤家は一緒に俺らを応援する。

 だからいつもお昼になると、豪勢にお重を広げて、腹を空かせた子供達を待ってくれていた。 

 今も目の前には俺の好物、いなり、海苔巻き、ビール……は、さすがにダメか、等がずらり広げてある。


 しかし、どうにもそれに手が伸びない。

 仲間達と出来る最後のイベントを終えて、なんだか燃え尽きてしまった様だ。


「大丈夫? ともか」

 

 勘のいいなつきが、心配して声を掛ける。

 

「うん、大丈夫。

 やる気無かった女子達が涙して喜んでたからね。

 私も感動に浸ってんの」


 まあ、それも無くはないんだが。


「良かったよぅ、ともかちゃん。なつき。

 2人で何かやってるとこ、写真撮ったからね!」


 なつきママ、何かって……


「ともかちゃん、面白いね。

 グラウンドを円形劇場に見立てたのか」


 なつきパパ、春太おいちゃんらしい感想だな。


「なつきちゃん、この子は放っといて先食べなさい」


 言いながら母ちゃんは、皿に唐揚げやら、いなりやらを装う。

 おお、そうだな、なつきに気を遣わせてしまったな。


「そうそう、なつき食べて、食べて」


 俺は母がよこした皿を受け取り、向かいに座っているなつきに差し出す。


「ありがとう。いただきます……」


 なつきは俺がまだ持っている皿から、箸でいなり寿司を摘まんだ。


「ともか、おいなりさん、好きだったでしょ」


 と、お箸に左手を添えて、俺の口の方へと向けて来た。


 おおお……

 俺の好きな物、知ってくれてるう。

 しかも、この状況は……


 コクリと俺はうなずくと、


「あ~~~~ん」


 大きく口をあけた。


「わひゃっ!?」

 なつきママが変な声を出す。


 人目なんて気にしてられん!

 俺にはもう後がないのだ。

 それに、あのオレンジの日より、学んだ事が1つある。

 手に入る時に取れ! 食える時に食え! だ。

 よく頂き物で、勿体ないとしまっておいてダメにする人いるでしょ。

 どっちが勿体ないんだ。

 そう、食える時に食え!

 だから俺は、このいなりを食う!


「ぱくっ!」


 あは~、幸せ……

 なつきを見ると、また顔を真っ赤にしている。


 パシャッ!


 うちの母ちゃんが、俺のパクついた所をカメラに収めた。 


「や~ん、久美子ちゃん、ナイス!」

「麻美ちゃんの分も焼いとくから」

「うん! 嬉しい~」


 いや、俺らの分を焼けよ!


「なあ、なつき。

 恥ずかしいんなら、やんなきゃいいのに」


 喜んどいて、何だが。


「だってこうすれば、ともかは絶対食べるって思ったんだもん」


「ギャフン!」

 行動パターン読まれてる。


「それ口で言う人いないよ」

「ここにいる」

「屁理屈!」


「「「あはははははは」」」



 そうだな。

 まだ最後にひとつ、大きな仕事が待っている。

 感傷に浸るのは、それらがすべて終わってからだ。



「ねえ、ともかちゃん、やっぱりうちにお嫁に来ない?」


「ええっ?」


「おかあさんっ!」


「麻美ちゃん、どうしたの急に」


「最近ね、なつきが元気になって、目なんかキラキラさせてるの。

 全部ともかちゃんのお陰でしょ、感謝してるのよ」


「そんな事ないよ」


「おいおいママ、だからって結婚ってのは行き過ぎだろう?

 でも、ともかちゃんがお嫁さんだったら、おいちゃんも大喜びだな」


 もう、春太おいちゃんまで。


「お父様、なんか私、矢鱈と嫁に請われてるんですけど」


 娘は嫁になんかやらん! 的なノリで落とすだろうと振ってみたのだが……

 父ちゃんは仏頂面でビールを呑んでいる。


「おいおい春樹、冗談だろうが」


 春太おいちゃんは父ちゃんの従兄弟で、歳が近いのもあり、お互いを兄弟のように思っている。


「いいんじゃないか」


 ボソッと父ちゃんが呟いた。


「え!?」


「俺はいいと思うぞ」


 なつきに向かって真顔で言った。


「なつきが貰ってくれるんなら、貰ってくれ!」

「おじちゃん!」


「近くに居てくれるなら、その方がいい……」


「「お父さん……」」


 俺と母ちゃんは、父ちゃんの仏頂面の理由に気付いた。

 父ちゃんはまた伏し目がちになる。


「でもな、見ちまったからな、今日といい、福岡の時といい。

 麻美ちゃんの言葉じゃねえけど、キラキラしてんだよ、目が。

 我が子のあんな姿見ちまったら言えねえだろ、行くなってさ」


「「………」」


「おい、春樹、久美子ちゃん、何があったんだ?」


 春太おいちゃんが声を強めに聞いてきた。


「ともか……」



「お兄さん、実は……」


 母ちゃんはこの間あった、四谷先生との事を話して聞かせた。

 江藤親子は少なからずショックを受けたようだ。

 なつきは下を向き、黙り込んでしまった。


「うーん、いい話ではあるが、中学からか……」


「先生もね、中学から上京したらしいんだよ」


「でも、早いわよ……」


「ええ、四谷さんもね、高校からでも、卒業してからでもいいとは言って下さってるんだけど」


「やるなら、早い方がいいってのは分かるがね」


 なつきはずっと俯いたまま。


「まあ、正式な返事は正月でいいって事なんで、しっかり考えるよ」



「ねえちゃ~ん、かき氷超うめ~」

「ともかちゃん、なつき、かき氷あるよ」


 屋台を見に行ってた雪ネエとヒデジが戻ってきた。


「ともか!」


 意を決したのか、ガバッと顔をあげるなつき。

 その表情は、今にも泣き出しそうだ。


「ともか、すごくいい話だよ。至れり尽くせりだ」


 そんな辛い顔して言ったって……


「僕は、僕は……」


「なつき……」


「ナニ? ラブコメ?」

「シーーーーーーッ!」


「絶対に、絶対にその、その……」


「言わなくていいよ、なつき。分かってる」

「でも!」


 俺はそっとなつきの頬に右手を当てた。


「言った事で、お前の心が重くなるのなら、今は言わなくていい。

 その顔を見れば、お前の気持ちは分かるよ」


「ともか……」


「お前は優しい子だ。

 でも、頭で正しいって思った事を心でも思わなくちゃいけない、なんて事はないんだぞ」


「……うん」


「言える相手になら、心のまま正直になっていいんだよ。

 たまには我儘言ったっていいんだ」


「……うん」


「それで揺らぐ決意なら、程度が知れてるってーの」


「……うん。ふふっ、そうだね」


「返事はもうちょっと先だしな。

 それに決めるのは俺じゃないから、どうなるかはまだ……」


「え?」


「あ、いや、俺ひとりで決める問題じゃないから」


「………」


「あんた達、男女逆だねえ。似合ってるけど」


「あ! 雪ネエ、氷ちょうだい! 溶けちゃう溶けちゃう」


 いかんいかん。

 相変わらず一言多い男だな、俺は。



 ーーーーーーーーーーーー



「ヤエ、このあと暇か?」


 閉会式のあと、グラウンドの後片付けをしている俺に、平川が声を掛けてきた。


「あら、平川クン。

 ひょっとして、デートのお誘い?」

「その様な抜け駆け、許されなくってよ!」


「なんだよお前達、またやってんの?」


 最近ヤスコに頼まれて、お姉様ゴッコをよくやる。

 ヤスコと華子さんがどうやら意気投合したらしく、ちょくちょく連絡を取り合っているらしい。 

 病室にGLカップルが見舞いに来た時も、ヤスコが案内してたみたいだし。

 俺をお姉様役にして、華子さんの仕草とかを真似したいのだろう。

 いつもは「下らねえ」と、内心思いながらも付き合ってるんだが、今は機嫌がいいのでノリノリで相手をしてやっている。

 何故か?

 それはさっき、騎馬戦を観たからです。




 運動会の後半戦は正直言って、期待も、興味すらも持っていなかった。

 何個か自分の競技に出て、それ以外は、ぼおーっと考え事をしていた。

 昼の話のせいもあり、なつきの事や、なつきの事や、なつきの事を考える。

 見るとはなしに、向かいの赤側席にいるなつきを目で追っていた。

 すると、不意に上着を脱いだ!

 思わずガバッと身を乗り出してしまった。


 見回すと、周りの男子も全員上着を脱いで、上半身裸になっている。

 もちろん、国立も。

 まあ、海でもプールでも見たんだけどさ。

 ただ……まだ女装姿が脳に残った状態でやられると、な、なまめかしすぎるっ。


 そうだ、騎馬戦だ。

 5、6年男子全員が、紅白に分かれてくんほぐれつ、半裸で肉弾戦を展開するのだ。

 いつもなら純粋に男の戦いを楽しむのだが、今回はそうもいかなかった。

 一騎討ちの組み合わせが、たまらんからだ。


 騎馬戦は、一騎討ちと大将落としの、2部構成になっている。

 前半の一騎討ちは、1列で向かい合った両軍がそのまま前進し、グラウンド中央で正面の敵と、1対1で戦う。

 残った騎数の多い軍の勝ち。


 大将落としは、互いに攻守の陣を敷き、最終的に大将を落とした軍の勝ち。

 文字通り、落とす。

 うちの地域では、はちまきを取ったら勝ちなんて甘チャンな事は言えない。

 武者役を地面に叩き落として、やっと勝ち名乗りを上げられる。

 これは一騎討ち、大将落とし、どちらも全員共通ルール。


 本部側に向かって左右両端に1列に並ぶ。

 我が白軍先頭は大将、児童会会長雛枝くんに、前面の馬役は長坂下。

 対する赤軍は、副会長の松田くんが先頭だ。

 が、雛枝には悪いが、大将にはそう興味は無い。

 注目するのは2番目騎馬、全面の馬に平川、騎乗に国立

 いいのか?

 セメカワくんの騎乗にウケタチさん……

 い、いかん、やめよう……

 さらに赤軍の2番目が、武者役なつきに、馬役の前面がやすみ。

 平川とやすみが裸でぶつかり合い、なつきと国立が裸で組み合う……

 いいのか? 

 公衆の面前だぞ!

 

「あら? あの子、さっきの王子様じゃない?」

「あ、ホント。カッコいいわねえ」


 後ろのお母様方も注目し出した。


「王子様応援しちゃおうかな」


 なんだよう、平川にしか目がいってないじゃんか。

 よーし!


「おーい! 王子さまーっ! 上のお姫様、落っことすなよーっ!」


 大声で叫んだ、いや、応援した?


「うそ!?」「あらやだ、女の子みたい!」「本当にお姫様の子ね!」

「いや~ん、どうしましょ」「あははは、どうもしないって」


 後ろは大盛り上がりだな。

 いやはや、結構黄色い声が増えたぞ……

 もうひと声。


「王子さまーっ! 相手の人魚に負けるなよーっ!」


「どれどれ、あ!」「え!? ホント……」「や~ん」

「遠目に見ても可愛いわ」「両方見えて良かったぁ」


 うちら6年の場所は本部に近くて役得だ。


「ともか! うるさい!」

「ヤエ! 野次飛ばすな!」


 2人が怒鳴ってきた。

 野次呼ばわりはないだろう。

 

「師匠! 人魚姫! 人魚姫の事もウゲッ!

 なつきちゃん……く、首は、やめて……うぐっ」


「八重洲! 応援はもっと品よくやれ!」


 壇上で、開始の太鼓をたたく直前に、斎藤先生は名指しで注意した。

 だいたい、女性に理想を求めすぎだっつーの。


 ドン! ドン! ドン! ドン!


 ゆっくりと、全騎進軍する。

 

 騎馬戦が始まったーー





 眼福、眼福。

 実にいい光景でした。

 お母様方もご満悦だったようですし。

 ちなみに、なつきとミチは組み合ったままタイムアップでドロー。

 大将落としでは、なつきは瞬殺。

 国立の方は、殆ど平川の体当たりで活躍したが、カナがあっさり討ち取られ白軍の敗北。

 なつきのやられて悔しがる仕草も含めて、眼福にあずかったのである。

 


「んで、どうなんだ? このあと」


 平川がもう一度聞いてきた。

 なんかせわしないな。

 何だろう、急ぎの用事か?


「別に何も無いと思ったけど」


「それならさ、いつもの面子誘って、お祭り行かないか?」


 そうだ! あったなあ。

 懐かしいなあ。

 いつも運動会の後に行ってたよ。


「いいねえ、行こう! お祭り!」


「よし! じゃあ俺は、なつきとやすみにも声掛けてくるよ」


「カナちゃんは?」


 雛枝はやっぱり行けないってさ。と、言いながら平川は走り去った。


「ヤエちゃんとお祭りかあ、嬉しっ」


 そうだな、こういう楽しいイベントってのも、みんなとは最後になるのかもな。

 昔の6年の運動会の後って、どうだったっけ……


 ん?


 なんか、胸がモヤモヤする。

 もうちょっとで思い出しそうな何か……

 そう、行った。

 行った気がする。

 何だろう、とても大切な事。

 その様な気がする……


 行ってみれば、何か分かるのかもしれない……

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