第九話 夏休みのともか。

1. 夏休み前の友

 ここは、オレンジ色の濃淡のみで表現された、モノクロの世界。

 秋の夕陽に全てを染められた、思い出の中の世界。

 俺、八重洲ともかは、この最早見馴れた夢の世界で一人物思いに更ける。

 江藤なつきの、景色に見とれている姿が視界に入るが、そばに近寄ろうという気が起きない。


 なつきへの気持ちが冷めてしまったのだろうか……

 いや違う。

 彼女の後ろ髪を見詰めると、痛みを帯びた愛情に胸を重くする。

 だがそれは、けして悪いものではない。

 昔から変わらない感情だ。

 今目の前にあるこの場面が、あと3ヶ月でやって来るという事への、焦りなのか、不安なのか、おそらくその両方に、足が前に踏み出せないでいる。

 

 唐突に、クルッとなつきが振り向いた。

 顔には満面の笑みを浮かべ。


「すごく綺麗だよっ! こっちおいでよ!」

「え!? なつき?」


 明晰夢では初めての男なつきの登場だ。

 初めの頃には男女同じだと思った、なつきの顔と声も、日が経つにつれ違いが分かってきた。

 やはり可愛くても男の子は男の子。

 特に、葉月と接するようになって、男の子を感じるようになった。

 どこがどうとは言えないが、なんとなく分かる。

 双子の親もこんな感覚なのかね。


「ともちゃん、どうかした?」 


「なつき、お前、俺がどう見えてんだ?」


「え? どうって……うわっ、男の人だ!」


「おいおい……

 お前なんで俺がともかだって分かったんだよ」


「何となく。

 言われなきゃ気付かなかったよ。

 なんで男なの?」


「夢だから」


「あははははは。納得」


「お前、いや、なつきちゃんは……」


「なつきでいいよ」


「ん、そっか。

 その、なつきは、女の子がオッサンになって……

 気持ち悪くないの?」


「ううん、面白いよ!」


「面白い!?」


「うん。それに、しっくりくる」


「そりゃあ、そうだろうけどさ」


「ともちゃんがね……」


「ともかでいいよ」


「ええっ!?」


「お互い様だろ」


「う、うん、じゃあ。

 と、ともかがさ、今の口調の時……

 特に僕をなつきって呼ぶ時は、いつも僕のために必死になってる時だよね」


「そ、そうだっけ?」


「そうだよ。

 だから僕はともちゃ……

 ともかに、なつきって呼ばれると嬉しいんだ」


「そっか」


「うん。

 いつも助けてくれてありがとう。

 ともかのお陰で、変われた気がする」


「そうだな、お前は変わったよ。

 ずっと強くなった。

 でもそれは、お前が頑張ったからだ」


「そんな事ないよ」


「いいや。

 スクーター野郎のときも、校長に自分の意見を言ったときも。

 確かに、きっかけは俺だが、ちゃんと行動に移したのはお前自身だろ」


「う、うん」


「それに嬉しかったのは、お前が優しいままでいてくれた事」


「え?」


「キャンプに燐光寺を誘ったろ?」


「うん」


「あれで奴はずいぶん救われたはずだぜ」


「そうかなあ?

 でも、少しは仲良くなれた気がする」


「俺なんか、小4から高1までの間、ずっと奴を許さなかったからな」


「え? 高1?」


「ああ、いや、こっちの話。

 とにかく、人の痛みを分かってあげられるなつきで嬉しいって事」


「わかったよ、ともか父さん!」


「おいおい、この姿じゃ、違和感ないでしょ」


「あははははは」


 なつきの笑顔に、何だか心が軽くなる……

 沈みゆくオレンジ色が、朝焼けの様に感じられた。




「ほら、ここに座ろう」


「うん、すごく綺麗だよ。

 こんなに鮮やかな夕日、見たことない」


「これは俺が、30年程、ずっと見てた世界……」


「30年……」


「ずっと立ち止まって、変わる事を恐れてきた世界」


「ともか……」


「もう、いい加減、歩き出さないとな。

 なつきを見習ってさ!」



 ーーーーーーーーーーー



 素晴らしく空晴れ渡った、朝7時半。

 珍しく、もう登校の準備を終えている。

 日課のトレーニングを終え朝食を済ませたが、いつものように寝直す気分にはなれなかったのだ。


「ともちゃーん、オハヨー。がっこ行こー」


 今朝もなつきがうちに向かえに来た。

 思いきって、声をかけてみる。


「お早う、なつき。今日も早いな」


「どうしたの? ともか。今日は早いね」


 満面の笑みで、そう返ってきた。

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