8. 祭りの思い出

 小学校の運動会は毎年10月10日の体育の日と決まっていた。

 今ではハッピーマンデーとやらで、毎年ころころ日にちが変わってしまう。

 日付ってそんなに価値の無い、単なる数字の組合せかね……


 1月15日という日付だけで、雪が降ってスーツ姿で凍えた成人式を思い出す。

 式後、ちょっと離れた所になつきを見つけた。

 なつきの晴れ着姿は美しく、視線を外すのに苦労した。

 本当はとん吉が、呑み行くぞって声を掛けてきたから外せたんだが。

 今日からは、大手を振って酒が呑めると、奴の行き付けの居酒屋に朝までいたのが懐かしい。


 この頃は祝日をいじってでも国民に散財させよう、なんて発想する政治じゃなかったんだろう。

 あの頃は良かったなどと言うのは老人のノスタルジーだろうが、しかし、確かに今よりは大雑把だし、人の心にもゆとりがあった。

 だからイイヅカの街が何かにつけて祭りやら、頻繁にイベントをやるのにいぶかしむ者などいなかった。

 体育の日は少なくとも、東京オリンピック以前には存在しないはず。

 この日に合わせるってことは、最近できた秋祭りだろう。

 それでも俺たちはそれを、充分に喜んで享受したのだ。


 父ちゃんがみんなを乗せてくれると言うので、うちの車で街に向かった。

 前に春キャンプに行った時と、まったく同じ座り位置。

 でも心の距離は、あの頃とは比べるべくもなく。

 もうずいぶん前の様で、つい昨日の事の様で……

 何だか、今交わしている言葉1つ1つ、仕草1つ1つ全てがいとおしい。

 みんな掛け替えのない友。

 掛け替えのない仲間。

 このまま何時までもこうしていたい。

 そう思ってしまいそうにもなるが、本来これは女ともかの世界。

 俺はちょっと割り込んで、美味しいとこをつまみ食いしているだけだ。

 利息を付けて返さんとな。


 だから今日は、みんなと思いきり祭りを楽しもう。

 お前達の笑顔を、みやげ代わりとさせてもらおう。

 車内賑やかに町を進み、あっという間に街に着いた。


 親達は別行動との事。

 仕事で応援出来なかった祖母が、埋め合わせしたいのだという。

 ゲームを買ってもらえると、ヒデジはずっとハイテンション。

 今日からお泊まりして、明日は近くのばあちゃんで1日中やるのだろう。

 もっともゲームというのは液晶の小さなヤツで、俺達が国民的TVゲームを欲しがるのはまだ2、3年先のはなし。



 俺たちは駐車場を出て、寺の脇を下る。

 なつきと顔を見合わせププッと吹き出す。

 前にこの辺りで、ひと悶着あったのだ。

 ヤスコがそれに反応して絡んでくる。

 そこにまた、他のみんなも参加してくる。

 いつものパターン。

 嬉しい、安心のワンパターン。

 いかん、おセンチになってるな。

 つい感傷に浸ってしまう……


 みんなが先に商店街に入って行く。

 すごい人混み。

 イイヅカのアーケード商店街は、俺らが中学くらいの時がピークだった気がする。

 だんだん郊外の大型店舗に客を取られ、今ではシャッター商店街だ。

 そうだったな。

 この頃は、人波で歩くのも大変って事、結構あったよな……って、やばい!

 みんなとはぐれる!

 仲間達の元へダッシュしようとした瞬間、声を掛けられた気がした。


「こっちよ」


 いや、気のせいじゃない。


「こっち」


 何だろう、行かなきゃいけない気がする。


「早く。こっち」


 落ち着いた大人の女性の声。

 優しく、品があり、何より懐かしい感じがする……


「そう、ここよ」


 俺がたどり着いたのは、昔よく行った雑貨屋さん。

 俺はよく文具やらを買っていたが、クラスの女子は小物類やらを買っていた。

 小学生が買える100円位のファンシー文具から、数千円する大人の使える装飾品など、結構幅広い品揃えで人気のお店だ。


 店内はお祭り仕様で、ちょっと高めの大人向けな装飾品が店頭近くに集まっていた。

 そこに飾ってある商品の前で俺の足が止まる。


「ドクン!」


 と、胸が一際高く鳴った気がする。

 何故だろう、その……

 丁度目の高さに飾ってある、7、8センチ位の少し丸みのある髪飾り。

 鼈甲べっこうで出来ているのか、品があり、大人の女性に合う感じがする。

 その髪飾りにまるで魂が揺さぶられるようだ。

 手に取ってみる……


「ドクン!」


 また胸の高鳴り。

 恐る恐る、そのまま髪に留めてみる。

 置いてある鏡を見て……


「ああ、そうだ……

 俺は……俺は……」


 目の前がぼやける……


「やっと思い出したのね」


 俺の視界がダブって見える。

 2つの視界が重なって、やがてそれぞれが何となく個別に理解できる。

 今の俺の視界。

 今の俺を見ている視界……

 その中の俺がだんだん大きくなっていく。


 ダメだ! 俺を見ては! 見てしまうと……

 見たい! 俺を見ていたい! ずっと、いつまでも……


 相反する気持ちが同時に流れる。

 二律背反の感情に揉まれながら、俺は俺を呼ぼうと声を掛ける。

 

「ともか」


 なつきの声。

 これはなつきの視界だったのか。

 俺となつきの同調した視界……


 俺はゆっくり振り返る。


 俺の視界になつきの顔が見えてくる。

 もうひとつの視界に振り返った俺の……じゃない!

 俺の顔じゃない! なつきだ!


 2つのなつきの顔が重なる。


 2人のなつきの、熱を帯びた視線。

 少し赤らんだ頬。

 変わらない、俺の心を掴んで放さない、想い人の顔。


 見えていたのは、今の俺の視界と……

 昔の俺の記憶だったのだ。


 そうだ……

 俺はオレンジの日の前日、祭りの夜になつきを見た。

 なつきの大人びた表情を見た。

 あまりに強烈だったオレンジ一色の景色のせいで、俺の記憶は書き換えられたのだ。

 俺はこの日……

 祭りの夜に、なつきに恋をした。


「と、ともか……」


「なつき……」


「すごく、似合ってるよ」


「本当?」


「本当だよ! き、綺麗だ……」


「ありがとう。嬉しい」


「それ! 僕が買うよ!」


「え? でも高いよ」


「見せて……うん、大丈夫!」


「いいの?」


「もちろん」


「ありがとう。なつき」


「えへへへ」



 同じだった。

 会話の内容も全て。

 俺は過去をなぞろうとした訳ではない。

 同じ台詞になってしまっただけだ。

 2人の気持ちも、あの時と変わらないのだろうか。

 あの時のなつきも、今の俺と同じ気持ちだったのだろうか。


 そうだとしたら、あまりに嬉しく……

 そうだとしたら、あまりに切ない……


 俺は今、なつきにまた、恋をしているから。


ー第十二話 おわりー

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