2. 本選へ向けて

「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だっ!」


 俺は大きな声で怒鳴り付けた。


「やすみっ! 休むんじゃない!」

「休んでないよっ!」

「立ちポーズ取るとこ、休んでんだろ!」

「ええーーっ!?」


 本選まで目前という事もあり、ちょっと俺も熱くなっている。


 今俺達は、俺ん家の納屋で稽古をしている。

 うちは農家。といっても兼業農家だが。

 家の横には、農機具等々しまうのに結構大きな納屋がある。

 父ちゃんに中を片してもらったら、10畳以上のスペースが出来た。

 あとは鏡がほしいところだが、まあ贅沢は言えまい。


 ちょっと張り切り過ぎたか、疲れが見えるな。

 ここは一旦落ち着こう。

 休憩も兼ねて、みんなに分かるように説明するか。


「みんな、ちょっと聴いてーっ!」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺達は予選通過の次の日から、本選に向けての稽古を開始した。

 とは言っても、平川は所属する野球チームの練習がある。

 それと国立は、そのチームのマネージャーみたいな事をやっているので2人は参加できない。

 そこで、本選までの半分は別行動。

 1週間は自主練にして、各自予選の振りを完全にれる様に指示した。

 新しく、もっと考えて作ったダンスにしようか迷ったが、せっかくみんなが覚えてくれたのだ。

 精度を増す方向で挑む事にした。


 ヤスコは毎日遊びに来るので、なつきと3人、昼食の後に集まる。

 勉強をして、ちょっとだけ暑さの弱まる4時くらいから稽古を始める。

 燐光寺休はうちの都合で毎日は出れず、それでも出れる所は積極的に参加した。


 あの初舞台以来、燐光寺は毒っ気が抜けて、すっかり好青年いや好少年だ。

 しっかりした目標と、今やるべき事が見えたのだ。

 男として一皮剥けたのだろう。

 まあ、やることは女装だが……

 しかし心なしかあの頃のーー

 一緒に演劇部で夢を語り合った、

彼女だった頃のやすみを思い出す。


 そして残り1週間の今日、やっと初めて全員揃った稽古というわけだ。

 もちろん全員とはいっても、雛枝とひとみちゃんの姿は無い。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

「ちゃんと聴いて!

 舞台では、辛いところ程美しいと思って!」


 俺ら、劇団員はそう叩き込まれた。


「立ち姿、うしろ姿なんかは特にだよっ。

 立ってるだけでヘトヘトにならなきゃ嘘だかんね」


 よくコスプレ会場等で見る光景だが。

 写真でファイティングポーズを取っている連中がいる。

 が、なんだか気の抜けた様な物しか見た事がない。

 あれは形だけ真似て、上辺だけでポーズを取るからだ。

 コスプレ写真をファイティングポーズで撮る時は、この様に撮るべきだ。


 まず腹に力を入れて重心を下に。

 これで体に芯が入るはず。

 そしてこぶし

 ただグーにすればいいってもんじゃない。

 ギューッと力を入れる。

 手首もギュッと。


 シャッター切る10秒20秒くらい出来るだろう?

 他のどんなポーズだって一緒。

 シャッター切る瞬間は辛く感じる様じゃなきゃ美しくない!



「いい? お手本って訳じゃないけど」


 俺は片足でバランスを取りながら、ゆっくり右手を前方上、左足を後方上に伸ばす。

 右手と左足が弓みたく、しなるように反らせる。

 そして左手は横より少し後方に、左足に並ぶ様な感じに伸ばす。

 体全体が、グググーッと軋むが、腕や手首は優雅さを維持させる。

 その右手の向かう先に顔を向けて表情はうっとりと。

 絵画などで踊り子のポーズとしてよく出てくるやつだ。


「これがアラベスク。

 バレエで一番美しいとされるポーズ」


「ヤエちゃん……素敵」

「ともかさんいいッス……」


 俺は足を下ろしてホッと息をつく。


「どう?

 何となく分かるでしょ?

 このポーズはキツイ。

 けど、キツく思わせないようにすると、もっっとキッツイ。

 でもそれがちゃんと出来た時、バレエを知らない人でもその美しさは絶対に届く!」 


「「「おおーーーーっ!」」」


「今日、みんなのダンスを見て、ちゃんと振りが入ってるのは分かった」


「おおっ」


「でもそれは、まだ形だけ」


「は、はい……」


「これからはその形を進化させていく!

 まだ形だけの動き全てに、魂を吹き込む!」


「はい!」


「出来る!

 やれば必ず出来る!

 そして今度はあの観客たち全てを、立って拍手させてやる!」


「「「おおーーーーっ!」」」



「みんな、ひと休みしない~?」

 母ちゃんとなつきママが納屋に冷えたお茶とクッキーを持ってきた。


「「「やった~~~!」」」


「お前ら、今が一番テンション高い!」


「「「あはははははは」」」


 何とか本選の一次を突破して、決勝の5組に入らなければ!

 

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