8. やりたい事、やるべき事
俺、八重洲ともかは生還した。
葉月にボコられ、三途の川の一歩手前で引き返させられた。
俺の中ではそんな印象だ。
ひょっとしたら、実際そうなのかもしれない。
前からあの空間は、本当に夢なのか? と、疑問を持っていた。
今回の件でやはり、別次元? 別空間? なのではと考える。
雰囲気から言って、あの世とこの世の狭間。って感じか。
あの方の言葉を信じるなら、俺と葉月は死んではいないらしい。
俺は女ともかの体に入り、葉月は現世と霊界の間で留まっている。みたいな?
いかん!
みたいな? なんて言葉使ってたら、葉月にまた叱られる。
ははは……
それにしても、だんだん色んな事が見えてきた気がする。
特に、オレンジの夕陽の時、俺はどうすべきかだ。
なつきは俺の嫌な過去をなぞっていた。
身代わりになっていた、と言ってもいい。
そして、それを全力で回避させようとした俺を、あの方はたいそう喜んでくれたらしい。
じゃあ俺の小6の、いや、人生の中で最大の負の思い出は?
そう。
オレンジの秋の夕暮れだ!
なつきが経験しないわけがない。
そしてそこで俺がやるべき事は……
なつきに言わせるんだ。
俺に! 告白を!
……そう、こくはく、だよ。
「ともか、お前、いや違うな、君が、違う、あなたの事が……す、す、好き、すきい……」
いやああああああああ、ハズいよこれは!
言えないだろう。
なつきに言えるか?
言えないだろう!
でも言わなきゃ俺と同じトラウマだよ。
言わせるしかない。
コンコン
ノックの音。
おそらく、なつきか両親だろう。
両親は「飯食ってくる」ってさっき出かけたばかりなんで、たぶんなつきだろう。
「どうぞ」
「失礼しますね」
「四谷せん……陽二さん!」
入ってきたのは、俺の世界ではお師匠さま、四谷陽二先生だった。
「ああ、ゆっくりしてね。
そんなに長居はしないから」
「お忙しいでしょうに、わざわざすみません」
先日の事件の時、先生は手術している病院に駆けつけ、ずっと親や仲間達と一緒に、経過を見守ってくれていたのだ。
手術がうまくいったと分かった時に、部屋の手配をしてくれたのは、やはり先生だった。
その後見舞いに来てくれた時に、コンテストの事も話してくれた。
優勝は田中愛子になった事。
私はあなた達の組がお世辞でなく一番好きだとの事。
男女混合も良かったが、ダンスの振り付けが良かったとの事。
そりゃそうだ。
全部先生の劇団で教わった振りだもの。
あと、ちょっとショックな情報もある。
それは、田中愛子の優勝はやる前から決まっていた。
いわゆるデキレースであった、との事だ。
芸能界では日常茶飯事。
先生もそれを良しとしている。
コネも、その人の財産。武器。
コネだろうが、枕営業だろうが、自己判断で最大限に利用すればいいだろう。
問題はその後なのだ。
結局仕事は、結果を残さないと次は無い。
前にも似たような事を言ったが、
「使って良かった、使って得した」もしくは
「また使ってあげたいな」
と思わせなければ次は来ない!
誰かのバーターで使ってもらっても、これは一緒。
だからよく、準優勝や審査員特別賞の子の方が、後にブレイクしたりするだろう?
俺はそこまでは知らんが、そういう事なんじゃないの?
俺がショックだったのはデキレース自体ではなく、田中さんの天然ぶりが演技だった事だ。
やはり、女ってのは、分からん……
「八重洲くん、今すぐじゃなくていい。
ちゃんと両親と話し合ってから決めてほしいんだが」
先生は世間話などはすっ飛ばして、本題から話し始めた。
しかも、なんか、俺的には胸のドキドキする内容の様な気がする……
「私はまだ30少しだけど、40になる前には、自分の事務所なり、劇団なりを持とうと思っているんだ」
「はい」
それは存じておりますし、実行されます。
ドキドキ……
「その時、私の側には片腕となる、優秀な人間を置いておきたい」
「わ、わかります……」
うひー、ドキドキドキドキ……
「八重洲くん、私の初めての弟子になる気はないかい?」
「はい! なります!
私の師匠はずっと先生です!」
尊敬する師匠の一番弟子になんて、そんな身に余る事……
でも思わず即決してしまった。
「はははは、気が早いよ。
ちゃんと両親と話し合って、だよ」
おっとそうだった。
俺はまだ小6だからな。
「でも君が叫んだ、幕はまだ上がっている。
あれは
あのタイミングで、あの台詞は、舞台人には反則技だな」
「でも、出来れば二度と言いたくない台詞です」
「違いない」
はははははは、と笑い合う師弟。
こんな穏やかに先生と話した事は一度もなかった。
「では、仕事があるからもう帰るよ。
ご両親にはくれぐれも、ね」
席を立つ先生。
「どうもありがとうございました。
親は説得します!」
「うん。
もし可能なら、中学校から東京に来なさい。
学費も生活費も私が出すから。
いい環境で、僕も直接教える様にします」
なんて、夢のような話だ……
「そんな、申し訳が……」
「結果、僕の野心の為だから。
でも無理はしないで。
高校出てからだっていいんだからね」
では。と、師匠は急ぎ病室を後にした。
残された俺は、思いがけず広がった輝かしい未来に、胸のときめきを止められずにいた。
先程まで考え巡らせていた、なつきとの
だが見えてきた、その日よりも先にある、眩しい理想の世界。
俺は今いる、本来いるべきではない世界に未練を残そうとしているのか。
やるべきものが見えてきた所に、思いがけない横槍が入ってしまった。
俺は、本気で元の世界に帰りたいと思えるだろうか。
この先、どうなるのか……
どうすべきなのか……
俺は先生の出ていった病室の扉を、見るとはなしにただ見詰めるだけだった。
ー第十一話 おわりー
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