3. 新学期

 新学期が始まった。


 コンテストが終わって仲間達は、残り2週間の休みをそれぞれに謳歌したらしい。

 一方俺はというと、コンテストの終了とともに夏休みも終了した。


 退院して家に帰って来たのは、昨日8月末日、夏休み最終日の昼前10時。

 本当ならもっと早く退院出来たのだが、四谷先生が手配して、傷痕の目立たない治療とやらのコース(?)に切り替えてしまったのだ。

 先生いわく、

「役者にとって体は資本、道具、武器。君は手入れを怠るのか?」

 との事。

 申し訳ないが甘える事にした。


 甘えるついでになってしまったが、両親の説得に先生も付き合ってもらう事になった。

 勿論、俺から頼める訳がない。

 先生からだ。

 親はやはり心配で、今回の事もあり、平穏な人生を歩んでほしいとの事。

 それはそうだろう。

 俺の世界での時も、もう20才はたちになっていたが上京は心配された。

 が、オーディションに受かっていたので、


「行かなかったら、一生振り返り続けるな……

 やるだけやってみろ!」


 と、送り出してくれた。

 今回も、四谷先生が誠意をもって説得してくれたので、同じ結果になったのだろう。

 父ちゃんはあの時と、全く同じ台詞を言った。


 それでも最後に、やはり男親なのか、未婚の先生とのソッチの心配があるようだった。

 俺はつい、


「大丈夫! 先生女に興味ないもん!」


 と言ってしまった。

 その場が凍りついたのは言うまでもない。

 私めはひたすら、ベッドの上に、土下座の姿勢で謝罪しました。


 兎にも角にも葉月との計画通りに事は進み、正月までに中学から上京するか、高校からかを決める運びとなった。

 この件に関しての俺の仕事はここまでだ。

 後はこの世界のともかが、どうするかを決めればいい。



 

 退院した俺は、明日の準備をちゃちゃっと済ませ、久し振りに味の濃いうまいシャバの飯を食わせろとキッチンに向かった。

 残念ながら母はそこには居らず、テーブルに昼飯が用意されている事もなく、何やら外で、話している声が聞こえてきた。

 見てみると、なつきママ、鏡のおばちゃん、てる坊のおばちゃんとで、4人輪になって雑談中。


「おかあさーん! はらへったー!」


「あら、ともちゃん、お腹大丈夫?」

「あんたのお見舞いに来たんよ」

「その調子なら、腹の穴も塞がっとるやろ」

「あらあらあら」「「あはははは」」


「ともさん、自分で作れるやろ」


「あら、ともちゃん、お料理出来るんだ~」

「やっぱり女の子やね~」

「雪菜ちゃんも手伝ってくれるの?」

「だめだめ、ちっとも」「あら、そー」


 ダメだ。

 作ってくれどころか、あそこに捕まると昼飯を食いそびれる。

 だいたい、昼飯どきに見舞いに来るんなら、手土産のひとつも持ってこいよな。

 寿司とか、寿司とか、寿司とか。あと酒も。



「もう、お母さん!

 ともかに迷惑でしょ!」


 おお、その声は!


「なつきー!

 ん?

 ……と、その他大勢」


「もうっ、ヤエちゃん非道い!」

「ともかさんらしいっちゃあ、らしいね」

「よう、ヤエ、見舞いに来たぞ」「来たぞう」

「おかえり、ともか」


「冗談だよ。

 みんな、ありがとう、ただいま」


 さすがは、持つべきものは友達だ。

 退院の日にみんなで見舞いに来てくれるだなんて。

 あのオバサンどもとは、えらい違いだ。


「ささ、みんな上がって。

 お昼まだでしょ、私が美味しいの作ったげる」


「ありがとう、ヤエ。

 だが俺達には、もう、そんな時間は残されていないんだ」


 そう言った平川は、手に持ったバッグを掲げた。

 手土産でもなさそうだが……


「ともかさん。いや、師匠!

 僕もお願いがあります!」


 こいつもバッグを前に出し、ファスナーを開いた。

 2人とも何冊ものノートを取り出すと、前につきだし、


「「宿題! 写させて下さいっ!」」


 90度のお辞儀でお願いしてきた。


「師匠! 

 前にお見舞いに行った時、暇だから宿題終らせたって言ってたでしょ?

 だから、当てにしてたんです!」


「なに、堂々とみっともない事言ってんだよ。

 だいたい見舞いに、かなり来てただろ?

 何でそん時写さないんだよ」


「そんなあ、ともかさんの顔見に行って、宿題に割く時間なんかありませんよ」


「てんめぇ、口ばっかり達者になりやがって……

 感情が込もってないよ、感情が!」


「いやあ、コメディーっぽくしようと思って」


「おい、やすみ、それは違うぞ!

 演者が真剣にやった結果が滑稽だからこそ、可笑しいんだ!

 いいか、日常の中にあるリアルに近い笑いだよ」


「おおおっ、はいっ!」


「ここはこんなでしょ、何て事やったら大火傷するぞ!

 コメディーとコント、お笑いと演劇的な笑いは別物だからな」


「勉強になります! 師匠!」 


「ちょっと、演劇の勉強もいいけど、学校の勉強をどうにかしなきゃでしょ」

 国立がつっこむ。


「そうだった……師匠ぉ~」


「ごめんね、ともかちゃん。

 今日みんなでここに来る約束してたのに、ミッキーとヤスミンが宿題全然できてないって言うんだよ」


 なんかまた変なあだ名増えてる……


「だったらヤエちゃんで勉強会しよって事になったわけ。

 私もヤエちゃんの助手やるから。ネ!」


 ヤスコ、俺よりお前の方が頭いいだろ。

 ……可愛いなそのネ。


 仕方ねえなあ。


「まあいいよ。

 んで、なつきとミチはどうすんの?

 手伝う?」


「僕とミチちゃんは作文が残ってるんだ。

 それを書いたら、ヤスミンを手伝うよ」

「じゃ、じゃあ、僕はミッキーを手伝うよ」


「そっか」


 さらっとなつきまでヤスミン?

 

「みんな、ありがとう。助かるよ」


 平川が深々と頭を下げる。

 

「ミッキーには助けてもらってばっかりだったからね。

 これくらい、当たり前でしょ。

 こちらこそ、ありがとう」


「ヤ、ヤエ……」


「「じぃいいいいいいっ!」」


「何だよ! 露骨すぎんだよ! 2人ともっ!」


「あはははは。楽しいね!

 やっぱり、病院とは違うね!」


 なつきが満面の笑みだ。


 みんなで顔を見交わす。

 みんなもいい笑顔だ。

 またクサイ台詞を言いそうになる。


「それにしてもさ、作文なんて簡単だろ!」

 その前に、やすみに潰された……


「コンテストの事書けば、さらさらさら~って」

 

「「ええーーーーーーっ!」」


 なつきとミチが驚きの声をあげる。


「も、もう書いたの?」


「うん。書いたよ」

 

「「消しなさい!」」


「ええーーーーーーっ!

 なんで? あんなに頑張ったじゃん!」


「そ、それは分かるけど、うちのクラスに知れるのは……」


「あの会場で僕らを見てれば分かると思うけど、

 話だけじゃあ、変な人だと思われちゃうよ」


「なつきの意見はもっともだな。

 舞台ってのは、観ないとあまり伝わらないからな」


 映像などでも役者の出す雰囲気や、その場の空気感みたいなものは特に伝わりにくいと思う。


「あああーーーーーーっ!

 宿題、1個増えた……」


「さあ! とにかく上がりなよ!

 まずは、算数の答え、写しときな。

 食べる食べないは任せるけど、私は今から飯を作るよ。

 中華風あんを焼き飯にかけたやつ、あんかけチャーハンだよ!」


「「「食べるーーーー!」」」




 んで今朝なのだが。

 久し振りのロードワークは軽めに、まだ腹筋は恐いので水浴びして食事。

 なつきが早めに来ることになっているので、二度寝はやめとく。

 今日は早く学校に行って、ひとみ先生に退院の報告と、お礼云々をするつもり。


 途中でとん吉ヤスコが合流。

 学校手前でBLカップルも合流。

 やすみはいつのまにか合流。

 なんだかんだとみんな揃って職員室へ。


「良かったよー、ヤエちゃん!

 退院おめでとう。

 先生あんまり見舞い行けなくてごめんね」


「いえ、先生がお菓子を根こそぎ食べて下さったので、私は太らずにすみました。

 ありがとうございます」


「コラッ。それ、言っちゃダメなやつでしょ!

 レディに対して!」


「「「あははははは」」」


 そういえば、ひとみちゃんの印象も変わった。

 最初に見た頃のは、くたびれたアラサーだった。

 日々の生活に流され、仕事も私生活も諦めが入っている様に見えた。

 だが、最近のの瞳はイキイキとして輝いて見える。

 俺の小6当時に抱いていた先生のイメージ、綺麗で、気さくで、教育熱心というのに近い気がする。

 これが本来の古賀ひとみ先生なのだろう。

 子供の俺はちゃんと、先生の本質を感じ取っていたんだと思う……



「じゃあ、ヤエちゃんが無事退院したって事で、今回は一件落着って訳ね」


「あ、そうですね。そうなりますね」


 すると急に、ひとみちゃんはモジモジしだした。

 実にわざとらしく。


「あのう……

 そこで皆さんに、お願いがあります」


 ん!?

 そんな仕草でお願いって……

 こんなん、絶対に変なヤツでしょ!


「皆さん!

 運動会の出し物として、踊ってくださいっ!」


「「「ええーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」


 前言撤回します。

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