4. 先生の言い訳

「こないだキャンプした時さ、テント借りたでしょ?」


 ひとみちゃんの弁明が始まった。

 そもそも男女や学年ならともかく、運動会で個人の出し物なんて聞いた事が無い。

 どういう経緯でそんな話が出たのか、説明してもらわねばなるまい。


「一応さあ、学校の備品を借りたわけだからさ、報告をしたのよ、校長に」

 

 大きな胸と右肘を支える様に、水平に左前腕を置いた変型腕組で、ほっぺをポリポリしながら、ひとみちゃんは続ける。


「ま、報告っていっても口頭なんだけどさ。

 校長にね、ともかちゃん達とのキャンプだって言ったら食いついちゃって。

 だって校長、ヤエちゃんお気に入りだから」


 初めて聞いたよ。そんなファン情報。


「んでね、根掘り葉掘り聞いてくる訳よ。

 そいで、雛枝くんとの思い出作りの為とか、ほら例の台詞……カッコ悪いこと、言うぞっ! て奴? あれ話してあげたのよ」


「何でそんな! やめろよなー!」


「あははは、んでんで、先生、どうなったの?」


 やすみ~てめえ……


「そしたらさ、校長先生、ポロポロ泣き出しちゃって。

 いいねえ友情。若さっていいねえ。だって」


「なにやってんだよっ! 涙腺ゆるすぎなんだよ!」


「そんでね、ダンスの事話しちゃったの。てへっ」


「「「ええーーーーーー!」」」


 大きな声をあげたもんだから、周りにいた数人の先生達が一斉に俺達を見る。


「あ、あはははは。

 テントもキャンプも前振り関係ないですよね……せ、ん、せ、い?」


「ごめん、ごめん。

 ホントはいろいろ話した後に流れで言ったの。

 でもほら、これも元はと言えば雛枝くん絡みでしょ」


「ま、まあ、そりゃそうだけど……」


「だからって、何で運動会なんですか?」


 そうそう、なつきの言う通り。


「うん、まあ、その、校長先生がね、面白そうに聞いて来るからね。

 話してあげたのコンテスト受けたとこから、ヤエちゃん入院するとこまで」


「べーらべら、べーらべら、喋ったんだろ!」


「コラッ、八重洲、女の子がはしたないぞ!」


 斎藤だか佐藤6の1担任に注意された。


「はい、気を付けます……」


「でもね、ヤエちゃんの入院の詳細は報告しなきゃいけなかったの。

 だから、まあ、ちょうど良かったかな?」


「んでんで、校長先生が運動会で、折角だから父兄込みで皆に観てもらおうと。

 コンテスト決勝まで行って、あわや優勝とまでなった我らのダンスを!」


 やすみ、てめえやる気満々だな。

 まあ、その気持ちは分かるよ。


「そう。

 校長命令で、やれって」


「「「ええーーーーーーっ!」」」

「選択肢ねーじゃねーかあっ! 何がお願いだよ!」


「八重洲ッ!」

「はいっ! スミマセン!」


「とにかくお願い!

 校長先生がやる気出しちゃって、特設ステージ作るとか言ってるし」

 

「ヤエ、どうする?

 校長の所に断りに行くか?」


「ヤエちゃん……」「ともかちゃん……」


 ヤスコと国立は断りに行って欲しそうだ。

 やすみは勿論やりたそう。

 なつきは俺をじっと見詰めている。

 決断出来ずに俺任せって訳でなく、自分を持った上で俺に託している目だ。

 俺は……


「みんな、俺がやるって言ったら、ついて来てくれるかい?」


「「「えっ!」」」


「なんか、面白そうだなって思ってきた」


「おお! やろうよ、師匠!」


 おそらく運動会が終わったら、オレンジの日はもう目の前だと思う。

 みんなと何かをやれるのも最後になるだろう。

 それに……


「前にも言ったけど、大変な事や嫌な事が目の前に現れたら、自分を成長させるチャンスだと思えって」


「師匠、それ、俺にだけ言ってくれたんじゃなかったっけ?」


 あ、そうだった。


「ううん、あの時、その話してる時はもうドアの外で聞いていたの」


「そうだったね」


「いいんじゃないか」


「うん! 決まりだね、ともか」


「よし! それなら派手にやるとしようぜ。

 先生、6年女子全員使える?」


「そっか、出し物としての体裁を整えるのね」


「それもあるけど、集団のシンクロした動きは気持ちいいからね」


「わかったわ、何とかしましょ」


 こういうところは頼もしい。任せよう。


「じゃあ、完全新作で、平川ミッキーにも踊ってもらうかな。

 形的には6年生女子によるダンス演技。

 そんでもって特別出演、チームHINAEDAという事で」


「お、おう、まかせとけえ……」


「ミッキーには王子様をやってもらう。

 そして、その相手役のセンターには」


 じっと見詰めてくる国立には悪いが……


「やすみ! 会場の全員を魅了してくれ!」


「はい! 師匠!」


「今回はプチミュージカルみたくしようと思う。

 人魚姫をダンスで表現するんだ」


「「「おおーーーーっ」」」


「さっそく、今日明日にでも、放課後から稽古だな。

 みんな、成功させよう!」


「「「おーーーう!」」」 





 解散して職員室を出る。

 平川と、ちょっとショボくれてる国立を呼び止める。


「ちょっと頼みづらいお願いしていいかな」


「「ん?」」


「最後に人魚姫が泡になるシーンなんだけど。

 王子様と人間のお姫様がキスしてるのを見せたいんだよね」


「「キス!?」」


「2人できる?」


「「えええええ!?」」 


「その辺りも稽古しようかね。

 OK? ミチ」


 俺は国立にウインクした。

 国立は顔を赤くしながら、無言でコクリと頷いた。


 運動会まであとひと月だ。



 

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