5. やる気は出せと言われても、そう出るものではない
総勢54人のコバルトブルーのジャージを着た6年女子が、
左右2ヶ所の出入口から、2つに別れて入ってくる。
ジャージの表面にはビニールのフィルムか何かが貼ってあるらしく、太陽を反射して、青く、白く、輝いていた。
2つの集団は一度中央で重なるようにすれ違い、
大きく前に円を描く様に進み、もう一度すれ違う。
今度は後ろに、また大きく円を描く様に下がっていった。
すると、人の海流が去ったあと、中央に2人の男女が取り残されている。
美しくも
美しくも
青い海流は2人を大きく取り囲み小走りに回っている。
どうやら青年は気を失い、少女は波に揉まれながらも彼を助けているようだ。
時折、3人編成の波が、左右から現れ横切って行く。
その助ける様は、まるで2人がワルツかなにかを踊っているかのよう……
いや、踊っているんです!
「運命」が流れるとともに始まったダンスショー「人魚姫」
この冒頭の主役2人のパートまで、実にいい滑り出し。
だが、ここまでにするのに、俺がどんだけ苦労をしたか……
今回の企画をやる事になって、3クラス合同の体育の時間というのを、毎週何時間かは確保してもらった。
校長命令という事もあり、ひとみちゃんがうまい事やってくれた。
そして合同体育初日。
この日は体育館に整列して、例年やっている5、6年女子のダンスを変更する事、3組の八重洲が振り付けをする事等を、ひとみ先生が皆に伝えた。
僭越ながら先生の紹介で、俺は壇上に上がる。
まずは全員の士気を、ある程度までは上げねばなるまい。
「皆さんこんにちは、八重洲ともかです。
めんどくせーなー、かったりーなー。わかります。
なんだコイツ、同い年だろ、何様だ。わかります」
俺はみんなの顔をしっかり見ながらゆっくり喋る。
「今回のダンスも昨年同様、大勢で同じ様な動きを主にやります。
手にボンボンは持ちませんが、ジャージ姿なのはそう変わりません。
但し、昨年と全く違うのは、この役、波の重要性です。
この役は時に荒々しく、時に優しく、そしてかなりの割合で舞台装置になります。
舞台装置がわりに、王子様や人魚姫を隠したり、運んだりします。
かなり重要です。
1ヶ月でしっかり覚えましょう。
よろしくお願いします」
ぱちぱちぱちぱち……
お座なりな拍手をもらう。
俺は壇上から去らず、皆をじっと見詰めた。
「なあ、みんな、6年学校に行って、何かやったか?
ただ言われた事をとりあえずやって、なんとなく生きてないか?
今まで何とかなってんだもん、何とかなるよ。
本当にそうか?」
俺は睨む様に、皆を見回す。
「毎年5、6年男子の騎馬戦が最後、女子のダンスが午前の最後。
騎馬戦は盛り上がって、ヤンヤヤンヤ拍手喝采。
じゃあ女子は?
見るのは出ている奴の親くらいか。
他のは、くっちゃべってるか、飯食う場所探しに行くか。
あんなチアガールの真似事見せたって、しゃーないよなあ?
そんなん見られて恥ずかしいしなあ。
真面目にやったって意味無いじゃん。
でもな、一番辛くて、恥ずかしくて、詰まんなく感じてんのはな、そんな出し物を見てる観客なんだよ!」
ちょっと間を置きもう一度みんなを見る。
「俺はみんなにプロを目指せなんて言わない。
だが、真剣にだけはなってほしい。
言い訳しても、人のせいにしても、見てる人間には分からないからね。
もしバカにする客が現れたとしても、真剣にやれば、笑う奴の方が最低に見られるんだよ。
それにね、いい男は着飾る女よりも、何かに
な! 平川!」
整列する女子の右前、ひとみちゃんの横一列に仲間5人が並んでいる。
「え? 俺?
あ、ああ、いい男かどうかは分からんが。
俺は何かに一生懸命な女子がいたら、側で一緒に頑張りたい。と思う」
そう言う発言が男前だっての。
「考えてもみなよ、いい男ってのは向上心のある奴だ。
顔だけいい、中身からっぽの出来損ないで良ければ、化粧してケツ振ってりゃ、蝿みたいに寄ってくるぜ。
なるようになる何て言ってたら、掴まるのは蝿だけだかんね!」
そして俺はひとみ先生をじっと見ながら、
「私のよく知る人に、大変美しい女性がいます」
え!? 私?
ニカッとするひとみちゃんから、また皆に顔の向きを戻す。
「その人は美人な上に明るくて、根は真面目。
そして何と言っても……体がエロい!
この前一緒に露天風呂に入ったが、とんでもないエロボディーだった。
女の私でも、むしゃぶりつきたくなるエロい体だった……」
「ヤ、ヤエちゃん、何を言って……」
「せ、先生、ともかには何か考えがあるのかと」
「それは分かるけどう……」
「でも、彼女には彼氏がいない……
これだけの武器を持ちながら、もう何年も、何年も、何年も、男がいないのだ!」
「うえ~ん、もうやめて~」
「まだ先生と限った訳じゃないですから……」
「なぜか!
みんな、なぜだと思う?
答えは至極簡単だ!」
「何で?」
「先生……」
「なにもやってこなかったからだ!
男をつくる、いい男を掴む、努力を
「そんな事いったって……」
「忙しくて外に出かけられない、職場にはオッサンしかいなくて出会いが無い。
こないだ呑みながら愚痴をこぼしていたよ」
「そうよ、仕方ないのよ」
「だが本当にそうか?
本当にそれだけか?
いいや違う!
先生!
あなたはそれを理由に、言い訳にして、動きたくない、変わりたくない、変わるのが怖いんだ!」
「あーあ、ヤエ、先生って言っちゃったよ」
「みんな!
何とかなるなんてもん、この世には無い!
それは、なるべくしてなった、だ!
なにもせず、手をこ招いて、なってしまった結果だ!
努力すれば、もっといい未来があったハズなのに!
こんなもんか、は、こんなもんにしかならん!
真剣にやる? 努力する? 恥ずかしい、誰が言った!
そいつは成功した奴か?
騙されるな!
いいか、成功する奴は、みんな必ず努力する。
向上心のある奴は、そういう男が寄ってくる。惹かれ合う。
みんな!
騙されたと思って、今回は俺について来てくれ」
静まり返った館内。
「八重洲さん!」
ひとみ先生が少し怒気をはらんで俺を呼んだ。
「はい。先生」
「ありがとう、ヤエちゃん。
少しズキッてきたけど、そうね、そうだと思うわ。
今の生活に文句言ってたけど、その生活に依存してたのね。
なるべくしてなる、か、その通りね。
時間は与えられるものじゃなく、作るべきだものね。
みんな。
先生も頑張るから、みんなも頑張ってみない?
今の自分を少しでも、前に進めてみましょう!」
「「「はい!」」」
さっきのお座なりな拍手よりは、いい返事が返ってきた。
「先生、すみませんでした。
そして、
平川達に準備運動を任せると、俺はひとみちゃんの横に立ち、小声で謝った。
「まったくう~、超傷ついたんだから」
「ごめんなさい」
「うふふ、冗談。
ほんとはね、あなた達と一緒にいろいろやってから、私も変わんなきゃって思ってたの。
男の事じゃないわよ、ん、無くもないけど……」
「分かってますよ。
というか、戻らなきゃ、でしょ?」
「……そうね。
変わってしまった……
教育の理想に燃えていたあの頃の私に、か。
なんか、言っててちょっと恥ずかしいわね」
「そんな事ないですよ。
第一、その炎は消えてなんかいませんよ、今も。
先生は適当に見えて、私達をちゃんと見てる。
さっきのフォローの台詞もそうだし、雛枝の母ちゃんに私がカチンときた時もそう。
芯に熱意と愛情を持っている。
そこがひとみ先生の一番の魅力だと私は思ってるよ」
「なんだよ、さっきはエロボディーとか言ってた癖にい」
「あれは、誇張して言ってただけですよ」
「うふふふ……
でもね、ヤエちゃん。
先生、あなたに会えて、本当に良かった……」
「私もですよ、先生」
曲調が変わる。
人の波が舞台手前の方で、優しいさざ波のように舞っている。
向かって右側の入場口、舞台だと
さざ波の上に横たわり女性の近くの浜に打ち上げられる青年。
青年を起こす女性と目覚めた青年2人のダンス。
「人魚姫」の第2パートに入った。
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