6. 人魚姫

「え? 人魚姫役って、八重洲さんじゃないんだ」


 2組の子が意外そうに言った。 


 ちょっと休憩中の雑談に、数人の女子が俺を取り囲む。

 合同体育3回目ともなると、結構みんなと打ち解けた。

 普段の俺の教え方もあるのだろう。

 壇上で怒鳴り散らした時のイメージが強かったろうが、振り付けの際には優しく、細やかに教えるのだ。

 ギャップ萌え~って奴か? 

 かなり懐かれた気がする。

 

「うん。

 私は魔法使いのお婆さん。

 今回唯一の台詞のある役だよ」


「そうだよね、声と交換って、台詞ないと分かんないよね」

「それなら泡になる、って言うのも必要じゃない?」

「そうよね、ダンスだけって結構むつかしいよね」


 こういう話をしてくれてるってのが嬉しい。


「とりあえずその2つの台詞は、お婆さんがまとめて言おうかなあ」


「まだ決めてないの~、のんきだなあ」

「「「あははははは」」」


「ねえねえ、それじゃあ、人魚姫役は誰がやるの?」


「ああ、やすみだよ」


「「「えーーーーーーーーーっ!」」」


 そういえば、波の振り付けに集中しすぎて、みんなにキャストの紹介もしてなかったな。


「やすみって、やっぱりリンくん?」


「そう、燐光寺休りんこうじやすみ


「「「うそーーー?」」」


「ついでに言うと、お姫様は国立。なつきは姉人魚」


「それは似合いそう」「絶対似合う」「違和感無い」


「そりゃそうだよな」

「「「あははははは」」」


 一度はみんなに紹介がてら、こないだのダンスを披露するか。





 4回目の合同体育の冒頭で、「ピータン」を6年女子全員に見せた。

 恥ずかしいだろうが、みんなの手本となる為に本選一次の衣装にした。

 まあ、やりたくても白スーツの方は1着足りなくて無理なんだけど……


 やる前にアイドルコンテスト出場と、決勝で惜しくも優勝を逃した事、女装は誰の趣味でもなく、俺の作戦だという事をみんなに伝えた。


「じゃあみんな、気楽に観てね。

 詰まんなかったら、ヤジ飛ばしていいから」


「スゴい格好だよね」「でも可愛いねえ」

「リンくん可愛いすぎ……」


 ザワザワって感じだが、概ね黄色い声に近い。

 やすみの奴は別として、なつき、国立がニコニコ手を振ってるのには驚いた。

 どうやら仲間達には俺の意図が分かっているらしい。

 

「平川、音楽出して!」


 

 ーーーーーーーーーーーー


 

「来たアル。我ピータン!」


 ワーーーーーーッ!

 といった歓声と惜しみ無い拍手が返ってきた。

 そんなに強く叩いては手も痛かろうに。


 整列し頭を下げる5人に、みんなはキラキラ目を輝かせて拍手を贈り続ける。

 同じ笑顔でも、観る前と今とでは、まるで質が違っていた。 


 なつきが一歩出る。


「みんな、真剣にやる姿って悪くないでしょ!」


 汗を光らせ爽やかな笑みでそう言った。 

 あちこちからキュンキュン音が聞こえてきそうだ。


「今年は男子よりも、盛り上げるぞぅ!」


 と、国立。


「あははは、お前達も男子だろ! 見えないけど」


「ププッ! ヤスミンも全く見えないよう」


「「「あはははははは」」」


 なんか、いいチームだな。

 お前ら本当にありがとう。





 校長は特設ステージを作るなどとうそぶいていたが、そこまでの必要はない。

 テントの配置等を、ちょっとだけ変更させてもらう。


 例年だと、トラックの回りに綱を張り、スタート地点前に本部テントが3つ。

 トラック向かい側に入場門を作って、その両脇にそれぞれ道具置場のテント1張りづつ。

 綱の周り内側は生徒。

 外側は父兄などの観客。

 まあ、大体そんな感じだった。


 それを今回は、本部テントを1つにして、2つを入場門の3メートル後ろに設置してもらった。

 上手(右側)袖に引っ込んだあと、テント裏を通って、下手(左側)袖から出る。なんて事をやり易くした。

 袖は入場門両脇の道具置テント。

 ここを開演前に斎藤先生が空にしてくれる。


 このグラウンドを大きなステージと見立てて、作品を作っていくのだ。




 「人魚姫」は次の、王子と姫の場に移る。


 ショパン「ノクターン」の1番有名な曲が流れる中、向かって舞台右手、上手袖かみてそでから国立扮する人間の姫が入場する。

 切なくも優しい調べに乗りながら、平川王子は波の4人に持ち上げられリフトされ舞台上へ。


 王子に近づく姫。

 戸惑いながらも、その逞しい体にそっと触れる。

 目を覚ます王子。見つめ合う2人。


 ドンドン、チャッ! ドンドン、チャッ!

 ドンドン、チャッ! ドンドン、チャッ!


 曲が変わり、「波」が英国の人気バンドのロックに合わせて全員入場。

 足踏みドンドンと手拍子チャッで歩き、サビの部分でクルクルとターンを入れた振り。


 ドンドン、チャッ! ドンドン、チャッ!

 ドンドン、チャッ! ドンドン、チャッ!


 思わず王子と姫、さらに姉人魚のなつき、ヤスコも混ざってダンス。

 人魚の衣装は、胸は布のビキニ。

 下は青いロングスカートにうろこの模様が描いてある。


 ドンドン、チャッ! ドンドン、チャッ!

 ドンドン、チャッ! ドンドン、チャッ! 


 と、また全員足踏み、手拍子、そして踊りながら退場。





「何だい? 何だい? 通れないよ! どいとくれ!」


 人波が去った直後、客席の中から1人の婆さんが舞台に乱入してきた。


「何だい? 全く! 騒がしいったら、ありゃしないよ!」


 観客をジーッとねめつけながら歩く。


「んん? 昼間っから酒呑んでるよ! 

 旨そうだねえ、おい。

 え! くれるのかい? 

 ありがたいねえ、そっち行くよ」


 ビールを掲げたオッチャンに駆け寄ろうとするが、本部テントを振り返る。


「ぐむむむ…… 悪いねえ、折角だけど遠慮するよ。

 先生見てるから。

 私ゃね、こう見えても、まだ未成年なんだよ。

 ケケケケケケッ!」


 もちろん、これは俺の扮する魔法使いの婆さんだ。

 俺はこういう客いじりが、昔から大好きなのです。


「おおっと、そういや今日は、人魚王んとこの末娘が薬を取りに来るんだった。

 ケケケケケ、薬って言うか、毒なんだけどね。

 お! 言ってるそばから来たよ来たよ、ケケケケケ」


「波」を引き連れ、人魚姫登場。


「調度いい時に来たねえ、今出来たとこさ。

 本当にいいのかい?

 人間になれる代わりに、声を失うんだよ?」


 うなずく人魚姫。


「そうかい! じゃあお飲み。ケケケケケ」 


 薬を飲むと波役数人は、やすみのスカートを脱がし、自分のジャージの懐に入れる。

 他の波役はやすみに集まって作業を隠し、変身エフェクト代わりにする。


「波」達が大きく展開すると、中からは白いワンピース姿の美しい少女が。

 喜ぶ元人魚姫と婆さん、そして「波」達とのダンスとなる。


 某大泥棒アニメのオープニングが流れてくる。

 ジャジーでノリが良く、たぶん、この場の誰もが知っている曲。 

 そういう曲は、結構客ウケがいいはずだ。


 一応鍛練してた俺と、いい演劇センスのやすみがメインのダンス。

 ここが一番の見せ場ってやつだ!

 俺もやすみもダンサーには足元にも及ばん。

 だが、2人は役者だ。

 役者には役者の見せ方ってモンがある。

 技術力よりも表現力。

 感情表現で魅せるダンス、役者のダンスだ。



 ジャン! 


 最後のポーズを完璧に決める。


 ワーーーーーーーーーーッ!

 パチパチパチパチパチパチ!


 今まで無かった、拍手を頂く。

 良いものを見せる事が出来れば、反応は自然と起こるものだ。


「それじゃあ、王子様の元へ、早くお行き!」


 歓声が落ち着いてから、俺は台詞をはいた。


 舞台上は老婆1人。


「イーヒッヒッヒッヒ! 行きおった、行きおった!」


 円形の舞台上を大きくゆっくり回る様に歩く。


「あれは、薬と言えば薬、毒と言えば毒。

 あいつは男の為に人間になった。

 あと24時間以内に思いを遂げる……

 んまあ、キスかなあ?

 キスくらいにしようか、小学校だし……

 すればよし!

 出来なければ、海の泡となって消えてしまうって寸法さね」


 ケケケケケケケ! と高笑い。


 舞台上に「波」を伴って、姉人魚2人登場。


「何だい? 妹が心配かい?

 いい事を教えて上げようか?

 キス出来なくても助かる方法。

 それはねえ、このナイフ……

 このナイフで、王子様の心臓をグサッとひと刺しすればいい。

 こんな風にねっ!」


 姉人魚に襲いかかる老婆。


「威風堂々」が流れて、戦闘ダンス。


「こりゃこりゃ、ご老人はいたわりましょう!」


 なつきが俺を羽交い締めにする。


「2人がかりとは卑怯なり!」


 グサッ!


 とん吉ヤスコが老婆のナイフを使って突き刺す。

 顔を見合せうなずく姉人魚。

 人波に流される様に、全員退場。

 


 場は変わり、舞台上手みぎより王子様登場。

 舞台中央に歩き、物思いにふけっている。

 舞台下手ひだりより白いワンピースの少女登場。

 元人魚姫は離れた位置で、うっとりと王子様を見詰めている。


 上手よりお姫様登場。

 王子様の少しうしろで止まって微笑みを。

 彼女に気がつく王子。

 見つめ合う2人。

 そして抱き合う。

 幸せそうな2人。

 幸せそうな国立。


 元人魚姫はショックを受け、その場を去ろうとする。


 やすみは実にいい表情をする。

 そう!

 円を描くように顔を客席に見せながら退場する。

 その表情は見せずに去ったらもったいない。


 袖手前で姉人魚が少女を止める。

 ナイフを手渡し王子を指差す。


 驚愕の表情の少女。

 イヤイヤと首を振る。

 2人の姉は妹にしがみつき、すがり、涙する。


 ゆっくり、ゆっくりと王子達の方を向く少女。

 ナイフを胸に王子に歩を進める。

 あくまでゆっくり、そう、ゆっくりと……

 

 抱き合っていた王子と姫はそっと体を離す。

 しばし見詰合い、やがて彼女が目を閉じる。

 再び2人の間隔が狭まる。

 そして重なりあう唇と唇。


 少女の時が止まる。

「G線上のアリア」が流れて来る。

 胸を押さえていた手が静かに下がりナイフを離す……


 少女の表情が変わっていた。

 王子を見詰める眼差しは慈しみに溢れ、幸せに満たされている。

「波」達が少しずつ、彼女の回りを取り囲んで行く。

 声も無く涙にくずおれる姉2人。


 そして少女は優しく微笑みながら……

 泡となり波にのまれて消えていった……


 曲のボリュームが上がり、観客に終幕の訪れを知らせる。



「波」達が戻ってきて横一列に整列して、礼。


 パチパチパチパチパチパチパチパチ……

 客席から拍手が惜しげも無く降り注がれる。

 

 なつき、俺、ヤスコが前に出て、礼。


 拍手は止まず、その音は会場中に響き続けている。


 平川、やすみ、国立が前に出、平川と国立が礼。

 間を置き、燐光寺休がもう一歩前に出て、礼。


 称賛の音は間断なく、舞台に立つ者を包み続ける。


 最後に全員整列して、礼。

「ありがとうございました!」


 ドワワアアーーーーーーーーーーッ!

 割れんばかりの拍手と喝采が圧となり押し潰されそうになる。

 観客もまた、想いを表現したくて、伝えたくて手を高く鳴らすのだろう。



 未だ止まぬ歓声の中に袖へと引っ込み、全員で拍手し喜び合う。

 いい舞台だった。

 俺は今まで、大小いろんな舞台に立った。

 芸術劇場も、新国立劇場にも立てた。

 キャパ100人程度の小劇場だが、自分の作演出もやった。

 だが、今日これほど感動した舞台は無い。


「「「八重洲さあ~~~ん」」」


 泣きながら何人もの女子が俺を取り囲む。

 見回すとあちらこちらで皆、抱き合い、喜び合う。

 誰もが笑顔で、その目は達成感に輝いている。


 俺もたまらず寄って来た子ら数人に腕をまわすも、胸がつかえて声が出ない。

 それでいいのだ。

 彼女達にかけてやる言葉より、この涙の方が余程語っているだろう。


 平川達もそばに来た。

 これでもう、彼らとは二度とこんな活動は出来ないんだな。


「平川、国立、ヤスコ、やすみ、なつき」


 だめだ……言葉が出ない……


「ヤエ」「ともかちゃん」

「ヤエちゃん」「師匠」「ともか」


「「「ありがとうございました」」」


 5人が深々と頭を下げる。


「……ありがとう、みんな。

 本当に……本当に、ありがとう……」


 それだけ言うのが精一杯だった。 

 

 この頃に戻れて、こんな再会をして……


 昔もこの世界いまも、出逢ってくれて……

 

 ありがとう。

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