6. セレモニー

 俺は今、千葉行きの電車に乗っている。


 葬儀会場というのか式場というべきか、セレモニーホールとやらに向かっているのだ。

 昔ながらの家でやる葬式なんて、それこそ、なつきんでやった曾祖母の時で最後になる。

 確かに今のホールでの葬式ってやつは、親族にも弔問客にも優しいシステムだと思う。

 送る側の事をよく考えてくれている。

 だがつい、「送られる側はどうなんだろう?」と思い巡らしてしまう。

 なつきは住み慣れた家に、出棺直前まで居たいんじゃなかろうか……

 いや、あいつの事だ、みんなが楽な方を選ぶに違いない。

 家でやると、正座が辛いもんな。

 特に親族。

 でもその足の痺れや痛みが、ちょっとだけ、悲しみを和らげてくれるんだよ……


 曾祖母の時がそうだった。

 俺は足の痺れと悲しみに耐えていた。

 右斜め前に、なつきは正座していた。

 喪服の様な中学の制服で、項垂うなだれた横顔が美しかった。

 

(ばあちゃん、ごめんな)


 と、自分の不謹慎さを心で詫びたのを思い出す。



 

 なつきは千葉に住んでいた……


 俺の住む川崎からだとアクアラインで目と鼻の先、って程ではないが、まあ、近い所だ。

 前の日にかかってきた母からの電話で、八重洲家代表で葬式に出るよう頼まれていた。

 朝、電話の音で起こされなければ、葬式に遅刻したかもしれん。

 なつきなら、ともからしいね、とか言ってくれそうだけどね……

 因みに電話は、会社からの着信だったので電源を切っておく。

 最初は車で行こうと思ったが、おそらく酒が出るので、泥酔する危険を考え電車にした。

 正解だった。

 さっきから何だかんだと頭に浮かんで、うっかり運転してたら事故ってたかもな。



「愛してるよっ!」


 なつきの言葉がまだ耳に残っているみたいだ。


「ずっと側にいて……」


 俺の中では、ついさっきの事だからな。


「絶対成長出来るね」


 彼は成長出来たのだろうか。

 出来ていたとしても、こんなに若く逝くなんて。

 こうなる事が分かっていれば、俺は……おそらく……


 いや、だからこそ覚えていなかったのだろう。

 彼女の通った、そして彼が通るであろう未来の事を。

「あの方」が……なつきがそう望んだのだ。

 俺が歴史を変えず、尚且つ、過去の想いを遂げる為に。



 ーーーーーーーーーーーー



 セレモニーホールに到着した。

 式には、首の皮一枚でなんとか間に合った。

 学校なら、名前を呼ばれた瞬間に教室に駆け込み、


「ヤエちゃん、ギリギリセーフだぞ!」


 と、ひとみ先生に言われるタイミングだった。


 ホールは体育館で観劇する時の様に、椅子が正面に向かって敷き詰めてある。

 ただ入り口から真っ直ぐ祭壇へ縦に1本、

中央より少し前の方に横へもう1本と、椅子の無い通り道が作ってある。

 その横通路より前が親族の席との事。

 そこに座るよう係の人に勧められたのだが、俺が入った瞬間に式が始まってしまった。

 とてもじゃないが、のこのこ入って行けるわけがない。

 無理を言って、一番後ろの席に座らせてもらう。


 おごそかに式は進んでいく。


 焼香の時間になり、まず親族が台の前に並ぶ。


(あれ?)


 列にうちの両親がいる。

 式場に動きが出来たので、その親族の列に加わる。

 焼香を済ませ、何食わぬ顔をして空いている両親の横に座る。


「来てたんだ」

 

 小さく声を掛ける。


「あんた、また遅刻して!

 昨日一緒に行くから早起きしなさいって言ったでしょ」


「え? 八重洲家を代表して、俺ひとりで出席しろって……」


「「あっ!」」


 歴史がちょっと変わっているんだ。


「お帰りなさい、ともか……」


「ただいま、お母さん、お父さん」


「そうか、そういう事か……ママから聞いてたぞ。

 そうか、このタイミングで……」


「違うわね、このタイミングなのよ」


 言うと母はハンカチを顔にあてうつむく。

  

「人の想いってのは、すげえな……」


 父は感嘆し、涙を流す。


 俺は……

 泣けない……

 悲しいはずなのに。

 いや、はずではなく胸は重苦しく、悲しみが溢れている。

 だが何か違う。

 一致しない。


 仕方ないとは思う。

 つい数時間前に想いを伝えあった人と、今目の前に横たわっている人は別人なのだ。

 確かに面影はある。

 それに綺麗な年の取り方をしている。

 だが闘病のせいか痩せて、シワも増え、50手前位に見える。

 安らかな顔をしているのが、せめてもの救いだ。

 彼女を見て胸はさらに重くなるが、合致しない。

 彼と彼女を同一視できない。

 したくない。

 彼は違う世界で生きていてほしい……


 

 出棺の時間になり、俺も棺を運ぶ。

 すぐ脇にご主人がいる。

 軽く「このたびは……」と挨拶だけする。

 優しそうな、本当に人のいい顔立ちをしている。

 俺に似ている気もする。

 思い上がりだな。


 なつきを乗せ、霊柩車は火葬場へ。


 旦那はなつきの側にと先に行ってしまった。

 俺達はマイクロバスに乗って向かう事になる。



「ふざけんなよ、ヤエッ!」


 聞き覚えのある懐かしい声に振り返る。


「とん吉!」


 オッサンとん吉、渡邉康二郎だった。


「それにみんな!」


 後ろには見覚えのある、しかし、オバサン達。

 平川、国立、燐光寺、雛枝だ。


「ともか! 携帯切ってたら連絡とれないでしょ!」


 やすみが怒鳴る。

 こっちの燐光寺休は相変わらずだな。


「バイト先が出社しろって、うるさいからな」


「ヤエ、だからって、こんな日に遅刻はないだろう」


 平川ミキも文句を言う。


「ププッ、そうだぞう。ともかちゃんらしいけど」


 国立ミヨコはあっちに近いな。


「いやいやいやいや、遅刻してないしっ! ギリセーフだし」


「ヤエちゃん! いつも5分前行動」


 雛枝カナコはどちらでもお堅いらしい。


「おい! バス出ちゃうわよ!」


 燐光寺が叫んで、みんな急いでバスに乗り込んだ。


 ああ、前にこういうの、あったなあ。

 俺の中では数ヶ月前のはずなのに、こちらの世界での事みたいに懐かしく感じる。

 重く沈んだ胸の痛みが少しだけ、ほんの少しだけ軽くなった気がした……

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る