2. 修学旅行の準備のはず……
小学校の修学旅行は記憶に薄い。
1泊2日と短いし、長崎と近場なので、普段から日帰りでも旅行に行ける。
クラスごとの自由行動なんて無いし、ぞろぞろ行列作って見学するだけだ。
まあ、小学生を好き勝手やらすなんて、危なくて出来ないだろうけど。
でも初めての団体での旅行ってのは、良くも悪くも少しは記憶に残る。
だから旅館の中と、せいぜい2つ、3つくらいの思い出。
ま、そんなもんでしょ。
俺が覚えてるのは、昼飯に中華街で皿うどんを食った事。
あと新品の帽子を無くした事、風呂で服を隠された事。
前者は、初めて食べた皿うどんが旨かった良い思い出。
後ろの2つは、言うまでもない。
特に服の方は修学旅行云々抜きでも、嫌な思い出だ。
もう1つの悪い方は、修学旅行には帽子を着用する義務だったので、親に駄々をこねて高い奴を買ってもらった。
「絶対無くしたらいかんよ!」
と、言われた時点でフラグ立ってるよ、今思えば。
その帽子を今日買いに行くのです。なつきと。
正確には、なつき、なつきママ、うちのママ、俺。
うちの母ちゃんと、なつきママは仲がいい。
ご近所で同世代は2人だけ。
今の辺りだとさすがに減っていたが、俺が小さい頃はほぼ毎日、江藤家に遊びに行っていたらしい。
それで俺は物心つく前から、なつきと一緒に遊んでいた。との事。
なつきママは文句無しの美人で、一応、美人妻コンビとして評判だったようだ。
うちの母は中の上くらいだが、外では上品で大人しい風なので、内申点でギリギリ合格といった所か。
なつきパパは役場勤めの、優しいだけで特徴の無い真面目な人。
なので、なつき姉妹の外見的遺伝子のほとんどはママのものである。
ママさんは声や仕草に愛嬌があって、小さい俺から見ても色香を感じる人だった。
今見ても、オンナ、を感じさせる女性だ。
共働きしているので、ママさん用に車をもっている。
んなもんで、よく今日みたく御一緒させてもらうのだ。
女の買い物ってのは、とにかく喋る。
車に乗ったかと思ったら、もう喋る。
何がそんなに話す必要があるのだろう、話さないと死ぬのだろうか?
ってくらい間断無く喋る。
しかも中身がほとんど無い。
俺も川崎での悪友タケヒコと買い物の時に喋るが、もっとゆとりがある。
こんな全台詞の尻を食って話す舞台、観てて息が詰まる。
「ちょっと見ない間に、ともかちゃん、背伸びた?」
んで、こっちにも被害が拡がってくる。
「うふふ、そうなのよ。背もだけど、色々成長しちゃって洋服代大変」
コラ! 母ちゃん、余計な事言うな!
「え? あっ! あらあらあらあら……」
「おばちゃん、前、前見て!」
ちゃんと運転しろ。
「や~~~ん、なんか嬉しい。
なつき、良かったね。ともかちゃん、ボインだぞ~っ!」
今日日ボインなんて使わねえ……って、あ、そんな事はないのか。
「やめてよ、お母さん。オッサン臭い」
やっぱ使わないんだ。
なつきは顔真っ赤だ。
こないだの事、絶対思い出してんな。
「せっかくだから、今日はともかちゃんの服を見てみましょう!」
いや、帽子だから。
帽子買いに行くんだろ!
ーーーーーーーーーーー
俺はかつて1度だけ、痴漢に遭った事がある。
正確には、痴漢に遭ったかもしれないだが。
こっちの世界ではなく、リアルな小4の時にだ。
イイヅカ商店街の路地裏を進むと寺があり、その塀の脇の階段を上った先。
かつては境内だったところに、小丘をならした駐車場があった。
商店街の駐車場がいっぱいの時入れるのだが、薄暗い所だった。
親とはぐれたので駐車場で待つ事にし、早く行っても暇なので階段を使わず、車で通る方の道で向かった。
結構狭く、小丘をちょっとうねりながら登る道だった。
その坂道のふもとに20代の男がスクーターを止めて立っていた。
右足をでかいギプスで覆って、エンジンをかけるのを手伝ってくれと言う。
シートの上からペダルをキックしてほしいとの事。
俺はハンドルを両手で掴みシートを跨ぐ。
男は俺の後ろ全面にピッタリくっつき、腰を両側から押さえ固定した。
その状態のまま5、6回キックしたがエンジンはかからない。
やたらくっついてくるのと、尻にあたる股間と、首筋に吹く鼻息。
それらがどうにも気持ち悪すぎて、
「僕では無理です、かかりません」と断った。
「ごめんね~、ありがと~」と言ったあと、エンジンかけて去ってった。
だから、かもしれないだ。
心配で押さえすぎ、たまたまセルの調子が回復してかかり、鼻息は生まれつき。
そうなのかも知らんが、気持ち悪かったのは事実だ。
思い出したくないし、すっかり忘れてたのに、何で思い出したのか。
その駐車場にママさんが車を入れたからです。
「とにかく帽子!
先に終わらせてスッキリしないと、洋服見たって楽しめない!」
俺の主張が通り、まずは帽子屋へ。
兎にも角にも、用件を済まさんと。
これさえやっとけば、オモチャにされる前にオモチャ屋へGO作戦も出来る。
「いや~ん、これも可愛いっ!」
「これはどうかな?」
「あっ、いんじゃない? あらあらあら素敵!」
帽子屋でオモチャにされてる。
着せ替え人形なら絶対なつきの方が可愛いだろうに……
いくつになっても、新しいオモチャを見れば気が移るのだろう。
なつきを見れば、一人ニコニコ物色中。
いつものオモチャさんは、今日は解放されて自分の時間を満喫ですな。
なんか、その顔見れたら、今の状況もそう苦にならん。
ならんけど、さっさと買え!
「これなんか値段的にも妥当じゃない?」
「そうねえ、どう? ともさん」
「え~、海賊王目指すの~?」
2人がつばの小さな麦わら帽子をだしてきた。
「何、ともかちゃん、海賊?」
「ああ、ほら、なんだっけ、バイキング? アニメの」
「ああ、あははは懐かしいわね。ともかちゃん、アニメ好きなの?」
好きだよ! 声優目指してたし。
ネタをうっかり早すぎたと思ったら、一周回って、あったな昔。
「なつきちゃんは決まったの?」
とりあえず、なつきにパス。
「これがいい」
白い上品な生地の、ほわっとしたキャップだった。
「………」
俺の無くした帽子だ。
いや、これから修学旅行で無くす予定の、いや、はずの、だったの帽子。
まただ。
登校初日に学校へ駆けてったように、俺の負の記憶をなつきがなぞってく。
これもこの世界にスリップした事に関係があるのか。
「わ、これ3千円もするわよ!」
ママさんが抗議の声をあげようとしている。
「でも、なつきちゃんには野球帽は似合わないよね~」
先手を打って、なつきの援護射撃をする。
昔の俺の場合、野球帽にしろとしばらく親と揉め、最終的には似合わないので、千円しない野球帽は無しになった。
「私もそれがいい! なつきちゃんとお揃いにしたい!」
この世界の流れがどうかは分からんが、なつきに俺の嫌な経験を、全て押し付けたくは無い。
せめて俺も一緒に。
ん!
なんかママさんズ2人が、目をキラキラさせて俺をみてる。
「ともさん! それって、もしかして?」
「あらあらあらあら? と、も、か、ちゃん!」
あ! しまった!
「いや、あ、そういうんじゃなくて」
「も~う、いいのよう、お母さんって呼ぶ?」
「もう! お母さん!」
「なつきじゃないわよ~」
「そうよ、なつきちゃん、私に言いなさい」
だめだこりゃ。
こんなん、女子たち大好物だよ。
あはは、まだアラサー女子だったな、2人とも。
まだまだしばらく付き合わされそうだ。
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