3. 準備どころじゃない
興の乗った2人の、完全な着せ替え人形と化して何時間か。
最初のうちは鏡の中の自分に、あ、結構可愛い。
なんて、自画自賛的な恥ずかしい感想を抱いたり、
「どうかな?」
なんて、なつきに聞いて反応を楽しんだりしてたが……
長ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!
長過ぎる!
限度があるやろ!
あんたら、自分の服でもないのに、なんで飽きねーの?
なつきだって辛いだろ、いい加減。
って、なつきはどこ行った?
「ねえ、なつきちゃんは?」
「ああ、退屈そうにしてたから、さっき買った荷物、
車に持って行かせたのよ? 気になる?」
またそうやって、人を出汁にして。
車に?
「………………」
「とも、どうかした?」
「気になる」
「「ええっ!」」
「ちょっと行ってみる!」
俺は駐車場に向かって駆け出した。
すごく、嫌な予感がする。
アーケード商店街のレストランロイヤルから横道に入り、寺の塀脇の階段を駆け登る。
人一人擦れ違うのがやっとの道が開けて駐車場に入る。
ママさんカーの辺りになつきはいない。
車を覗くと、さっき買った荷物が後部座席に置いてある。
やはり、あっちの道か!
俺は駐車場のゲートの脇をすり抜けて、車道の方を駆けた。
下り道を走り続けると、坂のふもとの小さなT字路の角ーー
目立たない所に誰かいる。
スクーターに跨がった人影が2人。
間違いない、なつきだ。
一瞬、なつきとかつての俺の姿がだぶって見えた。
だが次の瞬間、見えてはいけないもの。
何十年もの夢で見る、今より少し大人になった……
オレンジの景色のなかで微笑を浮かべた、なつきに見えた。
俺の中で何かが弾けた。
どうしようもない衝動に突き動かされる。
おそらく、それは、殺意だった。
俺は加速をつけて真っ直ぐ、いやらしい下卑た表情を浮かべた男に突進した。
「どけーーーーーーーーっっ!」
飛び上がり体重を全て乗せ、こちらを向いた顔面に弓なりの蹴りを振り抜く。
顔が誇張ではなく、一瞬、実際に確実に瓜のように変形した。
殺してもいい、事実、殺すつもりで蹴った。
たぶん、本当の俺の体だったら殺人者になっていた。
奴は吹っ飛び、腰を掴んでいたからか、なつきは放られバイクの傍に倒れる。
「ぐををっぅううう……」
「この変態野郎!
なつきだけは、絶対に汚させないぞ!」
「貴様ぁああああああ」
顔中鼻血だらけの男がふらふらと起き上がる。
「なつき! 逃げるぞっ!」
俺はなつきの手を取って引っ張り上げると、逃げようと周りを見る。
アーケードに向かう方に奴がいる。
仕方ない、駐車場の車に入って遣り過ごそう。
男は電柱に立て掛けてあるステ看板を破壊してる。
角材で報復するつもりだ。
「やばい、急ぐぞ!」
俺達は坂を駆け上がった。
男は映画の看板を完全に凶器に作り替え、こっちに向かって駆け出した。
坂の中盤、走りにくいのだろう、遂にギプスも放り投げた。
やはり奴はただの変質者だったのだ。
「なつき、車のキー!」
「うん!」
俺はキーを受け取ると素早くドアを開け、運転席に滑り込む。
急いで助手席のロックを引き上げ、解除する。と同時にエンジン始動。
なつきが乗り込む瞬間には、車を急発進させていた。
「と、ともちゃん?」
「このまま此処にいたんじゃ、あの野郎何するか解らねぇ!」
アクセルを思い切り踏み込んで、駐車場のゲートを破壊し外に出る。
途中、男の脇をすり抜ける。
瞬間目が合い、男が怒り、角材を投げつけた。
あんなバカ相手にしない。
「もう大丈夫。このまま警察行って説明しよ」
「あー恐かったぁ。
でも、ともちゃん、なんで車運転できるの?」
「はは、こっそりお父さんに教えてもらってるの。
でも、あんな運転出来るなんて思わんかったぁ」
はは、実は20年もトラックでコンビニ配送やってますとは言えんわなぁ。
「本当。洋画劇場かと思ったよ」
大通りの信号まで辿り着くと安心したのだろう、なつきも冗談を言う。
車はママさんの体型に合わせているので運転には差し障り無い。
が、さすがにルームミラーの向きはちょっと合わない。
信号待ちの間に上手く調整する。
ん!?
後ろの方からスクーターがやって来るのがミラーに映る。
手には、角材を持っていた。
「常軌を逸している……」
このまま俺等が警察に行くのは分かっているのだろう。
どうせ捕まるなら、その前に俺等に、いや、俺に報復したいのだ。
その発想からしてイカれてる。
「なんなの? あの人おかしいよ……」
なつきが怯える。
あんなのに捕まったら、何されるか分からない。
この前の長坂下の時もだが、基本俺はか弱い女子小学生なのだ。
信号無視して強引に車を出す。
パトカーなりが出てきた方が都合がいい。
スクーターは小回りがきくので、スピードで距離を稼ぐしかない。
「しっかり踏ん張ってて」
なつきは窓上の取手を必死に掴んでいる。
かなり交通法規を無視してるのに、こんな時に限って警察が来ない。
やむを得ん、信号の少ない土手の道に出る。
遠賀川の土手の上にはガードレールの無い、距離の長い道路がある。
あそこで奴に車をぶつけて川に落とす。
ミラーを見るとちょっと遅れてスクーターが土手の道に入る。
少し車のスピードを落とす。
スクーターの男が怒鳴りながら並んでくる。
「今だ!」
ハンドルを男の方に切ろうとした。が、怪しい!
一回フェイクで車体を揺らす。
男は寸での差で減速し身をかわす。
奴もこっちが勢い余って土手から転がり落ちるのを狙ってるんだ。
「なつき! 頼む! せーので合わせてドアを開けてくれ!」
「えっっ? 僕が!」
「そうだ! 頼む! お前しかいないんだ!」
「ドアを開けるの?」
「そうだ! ただ思いっ切り開けてくれ!」
「う、うん、分かった。やってみる!」
男も俺も互いの意図は分かっているだろう。
やるしかない!
スクーターが速度を上げて並んでくる。
やはり助手席側に来た。
俺の近くを避けたのだ。
「行くぞ!
せーえーのっ、今だ!」
車を寄せると同時にドアを開けた。
さっきの様にギリギリで回避した場合、ドアがスクーターの前輪に当たり、バランスを崩して横転か土手下だろう。
が、奴はスクーターを寄せて来た。
車のドアに掴みかかってきたのだ。
なつきが必死にドアを開ける準備をしているのだ。
奴には手の内ばればれ。
開けた所に掴むか跳び移るかしようと狙っていたのだ。
ドアを開けた途端、男の手が伸びる。
開いたドアに男の片手が触れた瞬間、車は急ブレーキで減速した。
奴は掴んだ手と右肩をドアにぶつけ、自らのGをその身に受けた。
身体は左上へ切り揉みに放り投げられ、土手の斜面に叩きつけられる。
俺は急ブレーキの瞬間になつきの上着を掴んで引き寄せていた。
万が一にも、なつきを車外に放り出す訳にはいかない。
イカれた野郎なら、イカれた行動とると思ったよ。
骨折くらいしてても、自業自得だ。
「よし、行こう。たぶん大丈夫」
震えるなつきの手をぎゅっと握りしめたまま、車を警察署に向けた。
なつきは震えながらも、固く握り返してくる。
勇気出して頑張ったな、助かったよ。
だけど、右手だけでの運転は、ギアチェンジが面倒なんだよな……
ーーーーーーーーーーー
小学生2人が車を乗り付けて来たので、一時警察署は騒然となった。
俺は経緯を詳しく説明する。
運転の事は、興味があったので日頃から父のを見て覚え、実際に逃げながら慣らした。
という風に言った。
商店街でのアナウンスでママさんズが駆けつけて、
まあ、泣き付かれたり叱られたり大変だった。
夕方になり、警察に父ちゃんが駆けつけた時、丁度男が連行されてきた。
父ちゃんのキレ方が半端なく、逆に逮捕されるかという勢い。
警官に羽交い締めにされながら、
「てめえ殺してやる! おい、チャカよこせ!」
は今だとアウトじゃない?
「出てきたら、まともに歩けると思うなよ!」
これはアウトだよね。
おかげで奴もかなり反省なさってたので、一件落着って事でいいんじゃないかな。
兎にも角にも一件落着。
これにて終了。
めでたし、めでたし。
ねえ、お父様。
ん、ダメ?
ダメだろうなぁ。
はぁ~、家帰るの憂鬱だぁ~。
ー第四話 おわりー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます