第五話 思い出は残るものなのか、それとも残すものなのか。

1. 初めての? 修学旅行

 

 ここはオレンジ一色のモノクロの世界。

 見慣れた田舎の風景は秋の夕陽に染められ、江藤なつきの視線を釘付けにしていた。


 と、まあ毎度おなじみの光景だ。


 俺、八重洲ともかは、夢の中で夢だと分かる明晰夢をまた見ている。

 誰でも一度はそんな夢を見た事があると思う。

 ただ俺の場合それが矢鱈多い。

 頻繁に、これは夢だ、と勘づく。

 現実の方がよほど絵空事なもんで、気付き易いのかもしれん。

 いや、その前からよく見るんだけど。


 しかし夢だからといって、何でも自分の自由に出来る訳ではない。

 大きな流れとかは変えられない。

 例えば、敵が迫って来たのでシーンを変えて、美女が迫るハーレムに。

 なんて事は無理。

 せいぜい、空を飛んで逃げるくらい。    

 俺の場合、手を鳥のようにパタパタやるとふわ~と体が浮いてくる。

 逃げる時は必死になってバタつく。


 逆に、空を飛んだから夢だと気付く事も多い。

 そんな時はそのまま空を飛びながら、ある場所を目指す。

 行くべき所は唯一つ。

 おそらく明晰夢で男がとる行動のトップ。

 女湯を覗く! だろう。

 所詮男って生き物はその程度のもんだ。

 いやいやいやいや俺がゲスいんじゃなくて、皆そうだって男は。


 じと~~~~~~~~~~~~~~~っ。


 なつきが、今までの夢の中で見せた事ないマナザシを向けてきた。

 いやいやいやいや、違う。違います。違うんです。

 昔の俺ならいざ知らず、今の俺が覗いたところでどうなる訳でなし。

 オッサンじゃなく、女だし、巨乳ってまでないけどでかいし。

 これは、予行演習です!

 修学旅行の!

 修学旅行での、女湯における!

 女湯のなかで動揺しないための、予行! 演習! です。フンスーッ!


 じと~~~~~~~~~~~~~~~っ。


 ご、ごめんなさい。

 ちゃんとします。

 反省しました。

 さ、さあもう起きようかな。

 修学旅行当日の朝くらい、なつきが来る前に起きないとね。



 嗚呼長崎は、雨ではなく晴れだった。

 実に快晴、旅行日和。

 うちの小学校は4月の終わり頃、ゴールデンウィーク前に修学旅行の日程を組む。

 中、高と違って、児童たちは事前の段取りがほとんどいらない。

 所詮お泊まりで行く社会科見学ツアーなので、いつ行っても大差ないのだ。

 このくらいの時期が旅行には最高だから、俺的には超~助かります。



 学校からバスに乗って下の道、高速じゃない一般道を使って長崎まで。

 たしかこの頃、長崎までの高速はまだ通ってなかったはず。

 バスで弁当食ったり、結構時間かかって、最初に平和公園へ。

 原爆資料センターを見学して平和の像の前で記念写真。


 こんな機会でもないと、こういう施設にはまず行かない。

 だから学校で行くのはすごくいい事だと思う。

 これで2度目のはずだが、年とったせいか胸にぐっと来る。

 特に遺品は泣きそうになる。

 ある程度人生経験を積んでから見るべき施設だろう。

 もちろん子供にも見せた方がいいけど。



 次はグラバー邸。

 かなり見晴らしのいい丘の庭園で、ここも今見るとすごくいい。

 昔の記憶で思い出すのは、急な斜面をエスカレーターで移動するので、当時の人達は大変だったろうな、と思った事くらい。


 となりを見ると古賀先生がいて、


「はぁ~。いい景色ね」


 と、つぶやいている。

 アラサーともなると、ちっとは分かるらしい。


「先生、一枚撮ったげようか?」


 と、声をかける。

 先生は首にカメラをかけている。

 旅行中皆を撮って、後で教室に貼り出し、焼き増しの希望をとるのだ。


「え! いいの? じゃあこっそりね」


 ほんと、仕事てきとーだな。

 カバーを外すとやたらゴツい。

 本体上の方に有名メーカー名とF3の文字。

 ちょっとまて、高価過ぎやろ、素人のスナップ写真にF3は。


「先生、カメラ趣味なの? こんないいやつ」


「違うの、先生のお父さんに借りてきたのよ。

 そしたら、使いづらくって。八重洲さん使える?」


 オートフォーカスだから、多分大丈夫。


「撮りますよー。はいチーズ」


 パシャリ!


「おーすごい。ヤエちゃん使えんだ~。

 そーだ、お願い、みんなを代わりに撮ってあげて」


「ええっ! ちょっと待って下さい、さすがに……」

 適当すぎるだろう。


「お願い、田辺先生から後で私物のカメラ借りる事になってるから。

 グラバーのとこだけ。ね、お願い!」


 仕方ねぇーな。


「ピンぼけしてても知りませんよ」


「いいのいいの。

 私だと、シャッター押せないのよ。助かるわ」


 おそらく、オートのピント合わせ中にシャッターを切ろうとしたのだろう。

 ん?

 ちょっと待った。

 実際の俺の修学旅行は。

 たしか1日目は像の前の集合写真と、旅館でのスナップしか写真の記憶が無い。

 おいおい、これが真相か。


 フィルム等の入ったポーチを受け取ると、俺はみんなの元に走った。 

 お前達にはグラバー邸の思い出、残してやるぞ!




 人間の脳ミソって奴は結構高性能で、普段ちり程も無かった昔の記憶が、アルバムに貼った一枚の写真を目にした途端、暖かい春風が胸に運んだ様に思い出す。

 写真を撮るのは景色だけでなく、その時の心も一緒に残す為だろう。

 だが裏を返せば、触発される物がないと思い出さない。とも言える。

 てきとー女のせいで取りこぼしかけた思い出を、景色と一緒に切り取ってあげよう。



 お、とん吉ヤスコ達発見。

 ヤスコ、平川、国立、雛枝、6班のみんなだ。


「ヤエ、何処行ってたんだ?」

「急にいなくなっちゃうんだもん」


「あ、ごめん、ちょっと先生と……」


 庭園でしばらく自由時間となった途端、景色に釣られた俺と先生は、フラフラとみんなから外れていったみたいだ。

 駄目な大人2人。


「先生からカメラ係を仰せ付かったのだよ」


「ちょっと、八重洲さん、すごいカメラだね」


「ヤエ、使えるのか?」


「まあ、古賀先生よりはね。

 そうだ、康子ちゃん撮ったげる」


 おれはとん吉ヤスコを、邸宅と港がフレームに納まる場所に立たす。


「いくよ、チーズ」


 一眼レフの少しぼやけた背景の中に、はにかむ美少女の笑顔が映える。


 パシャリ。


「すごく可愛い……もう一枚いくよ!」


「え? ちょっと恥ずかしいな」


 照れてる美少女をもう一枚パシャリ。


「こんな美人もう撮る機会ないから、あと一枚だけ!」


「もぉう、しょうがないなぁ」


 さらにパシャリ。

 追加にパシャリ、パシャリ。

 だんだんヤスコの表情が艶っぽくなってきた。

 6班の男全員(俺含む)がゴクリと生唾を飲む。


「ちょっとポーズ変えてみよっか」


「こう?」


 前かがみになって膝に手をつき、悩ましげな上目遣いを向けてきた。

 流れる髪は頬から唇を伝ってキラキラと煌めき、少し広めの襟首は胸元ギリギリ数センチで大事な蕾を隠していた。


「「「おお~~~~~~っっっ!」」」


 パシャリ。


「なに? みんな、どうしたの?」


「「「………………………」」」


「おい! 急いでお前達のも撮るぞ!」 


 俺は追い立てる様に6班の写真を十数枚撮るとフィルムを巻き上げ、


「それじゃあ私は、他の連中のを撮って来るから」


 と、そそくさとその場を後にした。


 去り際に、

「このフイルムの写真は焼いたら内緒であげるから」

 とん吉に聞こえない様に3人にこっそり言ってやった。


 後ろから男共の歓声が聞こえた。

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