2. 夏休み2週間前の友


「あ~良かった」


 なつきが背伸びするように、両手をグイッと上に伸ばしながら言った。

 俺達は2人並んで学校に向かっている。

 近所の数人には悪いが、なつきとの会話の為に先に登校する事にした。

 なつきも同じ気持ちだったのだろう、俺の提案に賛成する。


「何が?」


「ともかが男の人じゃなくって。

 ほんとは面白いよりも、困る。かなあ」


「って事は、なつきも同じ夢、見たんだよな?」


「うん。

 不思議だったけど、綺麗だった」


 昨晩も俺は、夢の中で夢だと気づく明晰夢を見た。

 その中で、いつもの美少女なつきではなく……

 こっちの世界の美少年なつきと出会う。

 夢の中で会話したのだが、何となく本人と話している感じがした。

 そう、葉月との会話の感覚に、かなり近かったのだ。


「本当は、ともかって、男なの?」


「俺のあそこに、大事なモンはついてたかい?」


「ううん、何にも。あっ!」


「なつきのエッチい」


「ず、ずるいよう、ともかぁ」


 相変わらず、すぐに顔を真っ赤にしている。

 修学旅行の男湯の一件を思い出したのだろう。

 そういえばこの子は、出会った時もこんなだったな。

 ほんとに可愛らしい。


「あははは。

 うんとね、何かね、半分混じった感じ」


「混じった?」


「うん。

 男だった場合の未来の私なんだって」


「そんな事って……」


「気持ち悪い?」


「そんな事ないけど……未来って」


 ちょっと嘘になってしまうが、なつきとの距離をそんなに広げたくない。


「オレンジ色の夢を見てたら、こっちに来ちゃったんだって。

 帰り方を今、探し中なの」


「そうなんだ。

 僕に出来る事があったら言ってね。

 助けて貰ってばかりだったから、こんどは僕が」


「ありがとう。なつき」


「ううん」


「それと、この事は、2人だけの秘密にしてね」


「えっ!? う、うん!」


 またちょっと頬を赤らめる。

 ふたりだけのひみつ、ってキーワードに反応したのか。

 本当にお前は、恐ろしくピュアだな。


 しばらく2人で歩いていると、先の交差点に見慣れた人かげが。

 とん吉こと渡邉康子が、待ちぼうけといった風情で小石を蹴とばし立っている。


「あ、ヤスコちゃんだ。

 おーい、ヤスコちゃーん!」


 とん吉ヤスコの家は、うちから歩くと学校まであと3分の1位の距離。

 通り2つ分程右に遠回りしなきゃだが、最近はヤスコがわざわざ来てくれている。

 今日、俺達は早く登校してるはずなんだが……


「ヤエちゃ~ん、なつきちゃ~ん、お早~う」


「「お早う、ヤスコちゃん」」


 とん吉ヤスコは俺達に気付くと、右手フリフリ駆け寄って来た。


「良かった~。

 今日はたまたま早く家出てて~」


((絶対、嘘だ……))


「そ、そうなんだあ。

 今日は……たまたま早く家出ちゃったからさあ。

 会えて良かったよ」


「ほんと? 嬉しい!」


 葉月との約束で、ヤスコと適切な距離をとる事にして1週間程。

 ハグしなくなった俺の態度にヤスコは危機感のような物を覚えたのか、前は学校近くで合流していたのを、最近はここまで来て待っている。

 一応誤解のないよう、嫌ってなんかいない事、親友でいたい事等は説明した。

 だが一度着火した恋心は、はいそうですか、とはいかないのだろう。

 まあ、ゆっくり地道に仲良く、本来の2人の関係に戻れれば。

 あいつが結婚してツネオが生まれるのは、まだ20年近くも先の事なんだから。


「ねえねえ2人とも~、昨日のピータン見た?

 ピータン、ピータン、ピーターン!

 面白かったよねっ」


 可愛い歌入りで、楽しそうに話してくる。


 ヤスコは俺程じゃないがアニメ好き。

 なにせ、某親子対決グルメ漫画の影響を受けて大学院進学を蹴り、赤坂の料亭に単身飛び込んだのだ。

 それで今は一国一城の主だ。

 ある意味、俺なんかよりマニアで、俺なんかより結果出してる。

 彼女もそんな道を歩むのかな……


「ともか! あそこ、平川君達だよ」


「あ、ほんとだ」


 もう学校も近くなって来たのか、向こうの方に平川&国立がいた。


「と、と、ともか、だと……」


 とん吉ヤスコからゴゴゴと効果音が着くほどの迫力が……


「ど、どした? ヤスコちゃん」


「どういう事!

 呼び捨て! どういう事!」

 両肩を掴まれガクガク揺らされる。


「ヤスコちゃん! 落ち着いて! ヤスコちゃん!」


「ヤエ! ヤスコ! 朝っぱらから何やってんだ?」


 何事かと、平川が駆け寄って来てくれた。


「どゆこと! 呼び捨て!」

 まだガクガクさせてる。


「ともか! ヤスコちゃん! どうしたの!」


 なつきも止めに入ろうとする。


「ともかぁ?

 おい! ヤエ! どういう事だ!」

 ちょっとまて、今度は平川まで!


 ガクガクさせるヤスコの肩とガクガクされてる俺の肩を掴んで、さらにガクガクガクガク揺らして来た。


「うそ!? いや……」

 おいおい、国立、お前もか?


「やだ! ミッッキィィーッ!」

 そっちかよ!?


「やめろ、お前ら……」

 なんか混沌と書いてカオスと読ませる奴か……



「もうやめてっ!」


 ビクッ!


 鈴の音のように美しい声がこの時はーー

 校舎にまで届くのではという位に、大きく、強く、その場の者を従わせる強制力をもって、なつきの口から発せられた。


 普段大人しい人間がそういう事をやると、普段からギャーギャー言ってる俺なんかは本当に感心する。

 台詞ってのは、決まってなんぼ、なんだって……


「ごめんね、僕がともかって呼び捨てにしだした事で。

 こんな騒ぎになるなんて思ってもみなかったんだ……」


 今の今、大きく見えたなつきの姿が、今度は恐ろしく小さく見える。


「なつきちゃん……」


 思わずヤスコもシュンとなる。

 他のみんなも冷静になれたようだ。


「そんな事なら、これからは」


「いやあ、悪りー悪りー。

 もうさ、6年にもなってちゃん付けは恥ずかしいからさ、なつきに、お互い呼び捨てにしようって頼んだんだ」


 せっかく一歩進めたなつきとの仲を、また元に戻したくはない。


「「えーーーーーーーっ」」「また元凶はお前か」

「本当にほんと?」「そうなんだ……」「急だったから、驚いたよ」「ねえ、本当にほんと?」


「………」


「大体さ、ヤスコには最初に、ともかって呼べって言っただろ。

 それをずっと、ヤエってお前が呼んでんだぞ」


「うっ……そうだった」


「どう?

 俺となつきの呼び方、おかしいか?」


「ははは、事情が分かれば何て事ないさ。

 今もまたオヤジ口調のお前よりはな!」


「「あはははは」」


「え!? じゃあ、私もともかって……」


「絶対ダメ!

 行くよ! ともか!」


「お、おい、急にどうした、って待て待て」


 急に人が変わったように、なつきはスタスタ先を歩く。

 後を追う俺のうしろから平川達の笑い声が聞こえた。


「し、尻に敷かれてる……」「いやいや、ヤエが尻じゃないと」

「ホントだ」「「あはははは」」


「うう、ヤエちゃん……」




 校内に入って直ぐ、なつきは俺の手を引いて校舎の陰へ。

 手を離すと、俺の目をじっと見詰めて、


「ともか。

 嬉しいけど、嘘を平気でつくのは嫌だ」


 静かだが強い口調でそう言った。

 こんな風に話すなつきは初めてだ。

 いや、近い人物はいる。


 俺はなつきの両肩に手を乗せ、真っ直ぐに瞳を見詰めながら、


「ごめん、悪かった。

 ごまかしは誤解の元だな。

 ありがとう……

 いつも心配ばかり掛けるな」


 俺は、なつきの魂の中に届くように謝罪した。


 一瞬の間の後、一気に顔は赤くなり……


「バ、バッカじゃないの! 汚いわよ!

 え!? あ、ごめん、こんな汚い言葉……」

 

 なつきは火照った頬を両手で隠すようにして、


「ま、また、後でね」


 ととととっと去って行った。


 俺はなつきのうしろ姿を見送ると、ゆっくりと教室にむかう。


 どうやら葉月の奴、よほど強く動揺したらしい。

 今晩あたり、直接謝りに行かないと。


 さてと、今日もかったるい授業を受けるとするか。


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