3. 夏休み1週間前の友


 俺、八重洲ともかの朝は早い。


 AM5時には起きてランニング。

 最近はついでに新聞配達のバイトも兼ねる。

 同じ走るならと、家でずっと取ってる地方紙のおっちゃんに頼んで、近場だけ回らせてもらっているのだ。

 俺はもう20年、トラックでコンビニに弁当を配達するバイトを続けている。

 毎日4時半起きだったので、5時前には勝手に目が覚める。

 体は子供なのか、夜は9時にもならずに寝てしまうが、休息の取れた朝は精神のほうが勝るらしい。


 ランニングから帰ると、体が温かい内に柔軟。

 その後腹筋、側筋、背筋を100づつ。

 腕立て伏せ100とスクワット100は1日置きに交互で。

 どれも大変そうだが、そうでもない。

 全部浅く、早くやる。


 腹筋は背中をちょっと浮かすだけ。

 腕立て伏せは膝を着けてもいい。

 役者の筋肉は見せる筋肉ではないので、それほど効いてなくてもいいのだ。

 遅筋より速筋を鍛える。

 あとは、インナーマッスル、体幹を鍛える。

 内腿はかなり重要。


 これらを終えて、30分以内に朝食を摂る。

 プロテインなんか、そこいらには置いてない時代。

 母ちゃんに頼んで、毎朝ゆで卵を食べるようにしているが、食べ過ぎるとおならが超臭くなるので1個だけにしている。

 それだけやってから、なつきが来るまでゴロリ。


 今俺は役者でもないのに、なぜ鍛えているのか。

 それはこの世界に来た初日、長坂下の力に何の抵抗も出来なかったからだ。

 スクーター野郎の時もだが、掴まれたら最期というのはかなり怖い。

 せめて手を振りほどく程度のパワーは欲しいのだ。


 小6初日の翌朝から、ほぼ毎日やっている日課だ。

 この3ヶ月で結構筋肉がついた。

 さらに嬉しい副産物も……

 スタイルが良くなりました。

 今日から体育で水泳が始まるらしい。

 あらいやだわ、みんなを悩殺しちゃうかも。

 おほほほほ……



 ーーーーーーーーーーーーーー


 

 4時間目は体育。

 水泳なので、水着の入ったバッグを持って、みんなでプール脇の更衣室へ。

 ワイワイキャッキャと着替え始める。

 見た感じ、修学旅行の時から成長した子はいないらしい。

 まあ、ふた月じゃあ、そう変化は無いだろうな。


「ヤ~エちゃん! 着替えた?」


 おお、とん吉ヤスコがいたな。

 あいつはスタイルだけなら、17、8才って言っても分かんないぞ。

 見ないと思ったら、真後ろだったか。


「ううん、今脱ぐとこ」

 振り返る。


「んな!?

 ヤスコちゃん、その胸……」


 デーンと効果音が着きそうな巨乳が、ブラからはみ出しそうに収まっている。


「そうなの……大きくなっちゃって。

 ヤエちゃんもブラ着けてるから私もね」


 大きくなっちゃったのは一目で分かるけど、そんな急に……ハッ!


「何っ! ヤスコちゃん、その腹っ!」

「いやあっ! 見ないでえっ!」


 ヤスコは胸が成長したんじゃない……太ったのだ。

 必死に腹を引っ込ませても、そう隠せるもんじゃない。


 とん吉は高校で痩せてから、女にずっとモテていた。

 それから20年以上、スタイルのいいとん吉しか見てなかったんで忘れてた。

 奴は中学では俺とポッチャリ仲間。

 ほんとは太りやすい体質なんだった。

 だからって、ここ2、3週間でそんな太るかね……


「何やってんだヤスコ!

 せっかくスタイル維持、出来てたじゃねえか!」


「分かってるわよっっ!」


「もったいねえなあ」


 カチン。そんなヤスコの顔。


「何よ、その言い方!

 誰のせいだと思ってんのよ!」

 

 久しぶりに、とん吉がキレたな。


「俺のせいかよ!」

「そうよっ!」


 言った途端、ヤスコの目から大粒の涙が、ポロポロとこぼれ出した。


「だって、最近、ヤエちゃん、冷たいんだもん。

 全然、かまってくれないんだもん。

 ムシャクシャしていっぱい食べちゃうんだもん。

 うっうっうっ……」


 ストレスで過食しちゃったんだな。

 こないだ説明したくらいじゃ、すぐには納得できないだろう。

 葉月との約束を破る事になるけど、仕方ないよな。


 俺はヤスコをぎゅーっと抱きしめた。


「ごめんな……冷たくしたんじゃないんだよ。

 俺はヤスコが大好きなんだよ。

 でも最近キスしたりとか、ちょっと度が過ぎて来たから、お互いに良くないと思ってくっつくのを止めたんだ。

 前にも言ったろう?」


「……うん」


「俺はね、ヤスコとこの先20年、30年。

 いや、死ぬまでずっと、親友でいたいと思ってるんだ。

 よぼよぼの婆さんになって、2人でお茶飲みながら、あの時ヤスコは滝に落ちたよねって昔話して笑ってさ」


「うん……」


「恋愛とかは多分、一度燃え上がったらさ、後は冷めちゃうもんだと思う。

 でも、本当の友情ってのは永遠に続くと思うんだ。

 ヤスコとは恋人よりも、旦那さんよりも、もっともっと強い、友情の絆で一生繋がっていたい」


「うん……」


「一生仲良くしてくれないか」


「する……一生ね……ずっとだよ」


 何か周りの子達までしんみりしてる。

 よし、気持ちを入れ替えて。


「さあ、水着に着替えて、水泳エクササイズだ!

 ビシバシ鍛えてやる」


「ヤエちゃん、人の事言えるの、このおなか」

 ヤスコが俺の腹をポンと叩いた。


「んん!? 固い」


「わ、わりい」


 俺は上着を脱いだ。

 前よりちょっと胸が小さくなったが、全体的に引き締まっている。

 腹筋はうっすら割れているくらい。


「「「おおーーーーっ」」」


「裏切り者お~~~」


「まあ、まあ、俺が責任もって痩せさせてあげるから。

 とりあえず明日の朝5時に迎え行くからね」


「5時いーーーっ!?」


「美の道は険しいのだ」


「は、はい……」


「うまく痩せたら、夏休み、海キャンプ行くよっ」


「海キャンプ!

 行きたーーーーいっ!」


「じゃあ頑張ろうね」

「はいいっっ!」

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