2. 修学旅行でのお風呂は役得……なのか?

 グラバー邸で初日の見学は終わり、温泉旅館磯屋に入った。

「楽しいお宿いそや」が、キャッチコピーらしい。

 包装紙やらのぼり等にあちこち矢鱈やたらと書いてある。

 このキャッチコピーが旅行後に、クラスでよくネタに使われた。

 物心ついて初めての団体旅行という者がほとんどだからだろう。

 中には夏休みにわざわざ泊まりに行った奴もいた。

 まあ俺にとっても思い出の旅館だ。

 良くも悪くも、だが。


 俺は旅館に着き、注意事項の説明等が終わると、古賀先生にカメラを返しに行った。

 旅館に向かう車内でも、カメラマンをしていたからだ。

 自分の泊まる、10人以上入る大部屋に荷物を置いて、先生の部屋へ向かう。

 先生の泊まる部屋は、2組の田辺先生との女性2人だけなので6畳程の和室だった。

 部屋にいたのは古賀先生1人。

 先生より2年ほど後輩の田辺先生は、女湯の付き添いをやらされているのだろう。


「どうもありがとうね~。助かっちゃった~」

 と、先生。


 カチン。


「ちょっと先生」

 さすがに一言文句を言わせて下さい。


「失礼ですが先生、軽く考えてないですか?

 危うく旅行初日の思い出が、残らなかったかもしれないんですよ」


「そんな大袈裟な」


「なに言ってんですか!」

 やっぱり適当に考えてた。


「どうせ、足りない写真の枚数は旅館で撮りまくって、穴埋めするつもりだったんでしょ!」


 実際そうだった。

 足りない写真を埋める為に、彼女は男湯の中にまで入って来た。

 そして3人程、股間に修正の入ったオールヌードを、教室に晒されるハメになってしまったのだ。


「そ、そんな事無いもん」

「いや! ある!」

「うっ……」


 思わず劇団の後輩に説教する口調で言ってしまった。

 いかん、ここはちょっと落ち込んだ風にうつむいてと。


「今回は私がいて良かったけど……

 人生で一度きりの小6の修学旅行ですから……」


「八重洲さん……」


 先生は俺に真顔で向き直った。


「そうね。先生が呆けてたわね。

 ありがとうね。気を付けます」


 おっ、久しぶりに教師っぽい先生を見れた。


「いえ、子供のくせに偉そうな事言って申し訳ありません」


 すると先生はクスッと笑って。

 

「それにしても何だかヤエちゃん、うちのお父さんみたいね」


「ぐぬっ」


 さすがにアラサーの娘を持つ歳ではありません、フンスー!



 ーーーーーーーーーーー



 そして今、俺は旅館の廊下を走っている。


 ヤバい。

 遅くなった。

 なんたる失態。

 なんたる不覚。

 先生との会話にかまけて、みんなとの入浴タイムに出遅れてしまった。


「3組は他クラスの後になるので1時間以上かかるわよ」


 と、お茶を出してきたので、つい古賀先生と世間話に興じてしまったのだ。 

 このままではお服脱ぎ脱ぎタイムが終了してしまう。

 十数人の女の子達が徐々に、徐々に、肌を晒して行く過程が見られなくなってしまう。


 いやいやいやいや俺はエロい目で見たいって言ってる訳ではない。

 旭川の某動物園の、歩道を行進するペンギンちゃん達や、動物達がごはんを食べるもぐもぐタイムとかを観るような、そんな系統の目だ。

 元男友達だった彼女等が、今は女性になったからといって急にエロくはなれませんよ。

 それに一番発育のいいのが俺なんだし。

 ほとんどはお子ちゃま。

 まあ何人かは、そこそこけしからんボディになってはいるが。

 そういえば昼間のとん吉のサービスショット、実にけしからん!

 あいつも発育いい組の一人だ。

 やはり、直にこの目で確認しなくては。


「けしから~~ん!」


 俺は心の中のBボタンを押しながら走った。

 あ、まだあのゲームは発売されてないな。




 のれんをくぐると通路は左に3m程進み、右に折れ引戸が現れる。

 が、俺は戸の前で立ち尽くす。

 開けるまでもなく脱ぎ脱ぎタイムの終了を知る。

 戸の内側、脱衣場が静かなのだ。


 ガックシ……


 ガラガラと戸を開けるとやっぱり誰もいない。

 奥の方から微かにキャッキャと声が漏れてくる。

 よーし! 気を取り直して、早く風呂に入るぞっっ!


 混浴じゃ~~!


 広めの脱衣場にはロッカーは無く、棚に籠が置いてあるタイプ。

 貴重品を入れる小さいロッカーは入口脇にあるので、そこに財布を入れ急いで服を脱ぐ。

 畳むのももどかしく、乱雑に籠に放り込んで……

 いざ、欲情、違う、浴場へ!

 興奮を抑え浴場入口の引戸へと手をのばす。


 ガシッ!


 誰かに後ろから体を抱きしめられる。


「ともちゃん! ダメっ!」


「な、なつき?」


 俺を掴まえているのは、なつきだった。

 なつきは全裸で目をぎゅーってしながら、俺にしがみついている。

 下にはちっちゃくて可愛らしい小小学生しょうしょうがくせいが。

 本当に男の子なんだ……


「ダメっ! みんなに裸見られちゃう!」


「え!?」


「ここ男湯だよ!

 ともちゃんの裸、みんなに見られたくない!」


「なにぃーー!」


 そうだ、全く意識してなかった。

 あわててのれんを無意識にくぐれば、そりゃ、男湯の方だろうよ。

 何十年とそっちの方くぐってんだもん。

 あ、危なかっったぁぁ~。


「ありがとう、なつきちゃん」


 俺は前などを一応隠しながら礼を言った。もう遅いけど。 


「あ、ご、ごめん……

 トイレにいたんだけど、すぐに止めに出れなくて……」


 言いながら、そそくさとトイレに引っ込む。

 とにかく俺は服を着て、早くここを退散しなければ。 

 助かっちゃったけど、今度は全裸を見られて、さらに裸同士でハグ?

 どんだけラノベ主人公なんだあいつは。


 ん?

 なんで2組のなつきがここにいるんだ?


 

 そうだ……

 あの時、俺もトイレにいた。

 恥ずかしくて、団体客が服を脱ぎ終わって浴場に入るのを待っていた。

 脱衣場中、着る物を探していたが見つからず、一般客の団体が入って来たからだ。


 いじめはもう無かったのだが、小6ともなると色気が出ても仕方がない。

 おそらく俺が平川などと仲良くするのを気に入らない奴がいたのだろう。

 修学旅行一番の思い出が、風呂で服を隠された事なのだ。


 間違いない。

 またなつきは、俺の嫌だった過去をなぞっている。

 なつきは服を隠されて、次のクラスが入って来たのでトイレに身を潜めたのだ。

 そして誰もいなくなったら、今度は俺が入って来た。

 躊躇してる間に俺がさっさと服を脱いだので、慌てて飛び出したのだろう。


 とりあえず俺は急いで下着を着け、トイレのなつきに声をかけた。


「ありがとう、なつきちゃん。

 後ろ向いてるから出てきて」


「で、でも……」


「早い奴だともう風呂から上がって来ちゃうから」


「う、うん」


 ゆっくり扉が開くので、俺は後ろ向きに服を着るのを再開しながら、


「なつきちゃん、あそこの自販機見て。

 壁との間に丁度いい隙間があるのに、ゴミ箱が外に出てるでしょ」


 と、声をかける。


「あっ!」


 なつきは自販機に駆け寄り、手前に半分出されたゴミ箱を、壁と自販機の間から引っ張り出す。


「あった! 良かった~」


 ゴミ箱のあった場所の奥に、なつきの服の入った籠が縦にして置かれていた。


「よし! 早く着て。一緒に出ましょ」

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