第三話 故意にやってはいないので、トラブルメーカーと言うのは止めて欲しい。
1. 相違
そこはオレンジ一色のモノクロの世界。
秋の夕日が赤土に反射して、もたれかかっていたブルドーザーは、さらに色を濃くしていた。
俺、八重洲ともかは柄にもなく、朱に染まった景色に見とれていた。
「今日の夕日、すごく綺麗」
いつの間に後ろにいたのか、江藤なつきもうっとりした様につぶやいた。
ふたりはそれきり、しばらくの間言葉もなく。
夕日に染まる山と田んぼだけの、いつもなら見飽きている風景をただ眺めていた。
ぴったりと隙間なく寄り添いながら……
これが恋か。とその日初めて自覚した。
今まで好きだと思っていた感情は、全ては
とはいえ、それまででも好きだと思う気持ちはあった。
たぶん恋だ、なんて思っていた。
それが、平川ミキに抱いていた想いだった。
低学年の頃のいじめられていた俺は、助けてくれた平川に対して感謝と憧れを抱いていた。
確かな特別の感情ではあった。
恋ではなかったにせよ、やはり、好きだったのだ。
平川とは中学で全く接点が無く、まともに会った記憶がない。
だから高校が一緒で、久し振りに顔をあわせた時、思いっきりヤンキー娘になっていて驚いた。
3年生の時は同じクラスだったが、彼女は女ヤンキーグループのリーダーになっていた。
高校生活終盤のある日、教室で2人だけになった時に思いきって声をかけた。
「ねえ、進路決まった?」
アネゴは一瞬、びっくりした表情を見せたが、すぐ様にっこり微笑んで、
「私が進学な訳ないやろ。
しゅ~しょくよ、就職。まだ決まってないけど」
小学生の時と変わらない笑顔で答えてくれた。
やはり、本質は変わらない。たとえ外見は変わっても。
あの時俺は、距離をとっていた高校の3年間を後悔した。
今度は小6からやり直せる。
平川の件だけを考えれば、この世界もまあ悪くは無いか。
ちょっとだけ、足取り軽く教室へ向かった。
小学校は校舎ごと1階に下駄箱があり、5、6年生は3棟ある校舎の左側。
6の3は中庭を突っ切って一番奥、学校全体の左カド2階にある。
せっかくこんな世界に来たのなら、うちのクラスには会いたい女性が2人いる。
1人はもちろん平川だが、もう1人は6年でこれから仲良くなる子。
国立美代子、くにたちさん。
平川は、キリッとした目と引き締まった身体の美人だが、国立は可愛い系のメガネっ娘だ。(可愛いランキング俺基準2位)
とある日曜日に、
「今日、遊びに来て」
と誘われ超期待して家に行ったら、
「お母さんと街に行くから、弟と留守番してて」
だと。
「ともくん、弟とすごく仲いいから~」
だと。
本人に悪気は無い。
天然なのだ。
ついでに言うと、こいつら親子で天然だ。
さ、さて気を取り直して……
教室の入り口から、顔だけ出して覗きこむ。
2人を探す。
いないーー
いないーー
いないーーというか、みんな知らない。
見た事ない人ばかり。
始業ベルまで、だいぶ時間がある。
良く、良く見てみる。
国立さんぽい人がいた……いや、国立さんだ。
平川さんぽい人と話してる。いや、平川さんだ。
2人とも、男だ……
一応、心の準備はあった。
そういうケース。
うちの家族は変化なし。
俺となつきは、性別逆転。
果たして、変化は2人だけなのか。
もしあるとすれば、どのくらいか。
ひょっとしたら、俺等の学年みんな逆かも?
たしかに頭の片隅にはあった。
でも、実際に現実を前にすると。
ガックリ……
平川さん、カッコイイよ、イケメンだよ、クールな切れ目だよ。
国立さん、超美形だよ、可愛いよ、2人並ぶとまるで薄い本だよ。
もう、腐女子キュンキュンいっちゃうよ。
でも、俺、BL適性無いんだよ。
ま、まあ、本質のとこは変わんないと思う。
たぶん、こっちの世界でも仲良くやれる。と思う。
でも、ちょっと、もちっと後に関わろう。
とりあえず、昔の男友達、いや、今の同性の友人はどうだ?
俺は、入口の扉の影に隠れたまま、さらに室内を見回す。
杉やん、あ、ちょっと可愛い。
高やん、ん~、小学女子って感じ。
中やん、あんまり変わんね。元々女性的だったな。
次ちゃん、も女だ。
早生まれの彼、いや、彼女もってことは同学年が性別逆転か。
「八重洲、さん?」
ビクッ!!
後ろから急に声を掛けられ驚く。
「こそこそ、何やってんの?」
振り返り、また驚く。
可愛い。
すごい美人。
目は二重でぱっちり、まつ毛も長く、ちょっと褐色の肌は健康的で良い方に働いている。
だ、誰だ?
名札を見る。
わたなべ……
「とんきちっ!」
思わず叫んでしまった。
渡邉康二郎。
この頃のあだ名はコジロー。
今はとんかつ屋「とん吉」店主。
それからは「とん吉」と呼んでいる。
中学からの親友で、酒好き、女好きの、どーしょーもない天才。
九大卒後、大学院進学が決まってんのに赤坂の料亭へ修業に。
3年でカナダ支店を任され、その後2年で帰郷。
一番好きな食べ物はとんかつと、とん吉を開店。
そいつが、こっちの世界じゃ超美人!
「と、とんきち?
とんってブタの事?
わたしが、ブ、ブタって事っ!」
とん吉がプルプル震えている。
こいつは昔から短気ですぐ怒る。
そのくせ、おだてに弱くお調子者。
「違うよ、渡邉さん。
休みが明けてみたら、あなた、めちゃめちゃ美人じゃない!
とっても綺麗になってる、って言おうとしたら噛んじゃったの。
ねえ、どうしたの? 凄く可愛いいっっ!」
「ええーっ! そ、そうなの?
そ、そ、そーなんだ……
えー、そんな事ないよ~う」
ちょろい。
俺はお前とは30年付き合ってんだ。
あしらい方は心得ている。
「そんな事あるよう。
なんか、大人っぽくなった?
顔もだけど、スタイルの方も良くなったんじゃない?」
俺は調子にのって、ギュッとハグしながら、わさわさっと、
友好的スキンシップを、少し、少々、ちょっとだけやった。
「ひゃんっ、ヤ、ヤエスさん?
ヤエスさんこそどうしたの? 休みに何かあった?」
しまった。
とん吉とは、中学の部活で仲良くなったんだった。
この頃はまだ、クラスの一友人って感じだ。
いや、この際だ、相性はいいはずなんだし、もっと距離を縮めておこう。
「ごめん、あんまり可愛いかったから。
これからはもっと仲良くしてね。
ともって呼んで」
「うふふ。
ヤエ……ともちゃんって、本当はくだけた人なのね。
私のことも康子でいいわよ」
なにが「うふふ」だよ……可愛いけど。
この可愛い顔に何処と無く、とん吉のエロ親父の面影が見えてくるのが泣けてくる。
だが、お前の顔を見ていたら、何だか腹が減ってきたよ。
そういえば朝飯食べてない。
嗚呼、お前の揚げた、おろしロースかつ定食が食べたい……
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