4. バカじゃないの

 7月に入った。


 思い出の秋の夕暮れまで、おそらく後3ヶ月程だろう。

 あっという間の4月からの3ヶ月だったが、結構濃い内容だと思う。

 なつきとの仲は進展したとは思うが……

 人間関係は俺の知る世界とは、かなり違った様相を呈している。


 平川、国立、雛枝はそう変わらないのだが、とん吉渡邉は中学で仲良くなるはずで。

 燐光寺にいたっては、高校の時に仲直りするまでは敵視していた。

 さらに、なつきまでもが仲間に加わっている状況は、当時の俺では想像もつかない展開だ。


 このまま、友情を育むって事なら大歓迎なのだが、小6ともなると色恋の類いも育まれてしまうのだろう。

 燐光寺のストーカー体質も気になるが、今は鳴りを潜めている。

 ので、差し当たって一番の心配は……

 とん吉ヤスコだろう。


 ここんとこ、ヤスコの攻撃が強すぎる。

 もう何度唇を奪われた事か。

 まあ、俺からの場合もあるっちゃ、あるが。

 どうやら本気で惚れられているらしい。

 滝で命を救われたのが、変に影響したのだろう……


「それだけが原因かしらね」


 葉月さん、それはどういう意味でしょう?


「そのまんまの意味よ。

 あんた、とん吉ヤスコちゃんの事、どう思ってんの?」


 もちろん、親友だよ。

 とん吉とは30年来の友情を築いてき……


「バカじゃないの!

 それはオッサンのとん吉でしょ!」


 は、はい……


「私が聞いてんのは、渡邉康子ちゃん、女の子!」


 そ、そりゃあ、とん吉ヤスコだって、親友だと思ってるよ、俺は!


「そう?

 じゃあ、同性同士、男同士と同じ感覚で付き合ってる、って言うのね」


 あ、ああ、もちのろんです。 

 

「ふーん、そーなんだ。

 じゃあ、学校初日に、長坂下君に乳繰り合うなと怒鳴られたのは?」


 あああ、あれは、そりゃあ……

 スキンシップですよ。


「それから毎朝ハグすんのも?」


 もちのろんです。


「じゃあ、修学旅行で、エロい目線で撮影したり、鼻の下のばして風呂上がり眺めたり」


 ちょ、ちょっとまて!

 

「そのあと、酔った勢いで夜這いをかけたのもスキンシップっ!」


 ごめんなさい。


「なんで最初っから反省できないのかね!

 何? 勝手に惚れられた?

 ストーカー被害? 被害者ヅラしてたいの?」


 そこまで言ってないじゃんか……

 

「あの方が心配なさってんのよ。

 このままじゃヤスコちゃんの人生が、

全くの別物になっちゃうんじゃないかって」


 別物になっちゃったら、どうなんの?


「知らないわよ!」


 ええっ!? 何それっ!


「私に分かるのは、あの方から流れ込んできた感情で伝わって来た事。

 ヤスコちゃんへの心配と、あんたのエロおやじな姿を!」


 それで見て来たみたいに言ったんだな。


「あんた、自分の世界とこの世界の違いってなに?」


 そりゃあ、俺と俺の同学年の人間が男女逆になってるって事だろう?


「じゃあ、それ以外は?」


 それ以外?


 ん? まてよ……


 変わらない!?


 俺の影響を受ける前は、人間関係もまるで変わらない!

 なつきが俺の負の過去をなぞる以外は何も違いがない!


 そんな事があり得るのか?

 男女違えば見えてる世界が、価値観が変わってくるんじゃないのか?

 不自然だ。

 違和感がありすぎる。


「これは、あくまで、私の憶測なんだけど。

 この世界のあんたの行動如何によって、

私達の世界も影響を受けるんじゃないかしら」


 そ、そんな……


「あんたの周りが男女逆転してるのに、小6以前もたぶん、あんたの過去と同じ事柄か、それに近い事が起こっているんでしょう?」


 たしかに、パラレルワールドで片付けるには無理がある気がする。

 2つの世界に強い繋がりの様なものを感じる……


「ねえ、とん吉さんには奥さん、子供っているの?」


 ああ。

 奥さんと小学生のツネオ君。

 甥っ子のスバ公と同い年で仲良しだ。


「これは私の推論よ。

 ほんと、ただの空想に過ぎないけど……

 このまま行くと、ツネオ君は消滅しちゃう。

 元から存在しなかった事になる」


 なっ!?


「なんの根拠も無いけど、可能性が無い訳じゃない」


 いや、悪い予感程よく当たるんだよ。

 俺には、その憶測以外の可能性が思い浮かばない。


「そうね。

 悪い予測を想定して行動する方がリスクが小さいわよ」


 もし、元の世界に戻れても、あのエロ親父のとん吉が女房&亭主なんて。

 う~~~、想像するのも気持ち悪い……


「エロ親父同士、いいカップルじゃない」


 や、やめてくれよ……


 よし! もうヤスコにハグはしない!

 適切な距離を取ろう。

 迫って来たら、きちんと話をする。

 友達として、ずっと親友としていてほしいと伝えよう。

 俺のせいで、とん吉家族の幸せを消し去る。

 そんなの絶対にあってはならない元の世界だ。


「ともか!」


 んな!?


「………」


 どうした?

 急に抱きついて!


「ごめんね……

 文句ばかり、偉そうな事ばかり言って。

 結局私には何も出来ないの。

 何でもあなたに押し付けるしか」


 バッカじゃねーの!


 あ、いや、ごめん。

 まあ、そもそも俺が好き勝手やったツケを払うんだし。

 それに、何も出来ないなんて事ないよ。

 危険性に気付かせてくれたんだ、葉月にはすごく感謝だよ。


「……そ。ありがと」


 どういたしまして。


「んふふっ。

 それとさ、この間、みんなで香椎かしい行ったでしょ」


 ああ。

 遊園地ね。


「ジェットコースター乗った時、なつきくんに口パクしたでしょ」


 ああ、気付いたか……


「はづき、たのしい? でしょ?」


 てへへ、当たり。


「バッッカじゃないのっ!

 でも……ありがとっ!」

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