第十話 アイドル誕生?

1. さあ、オーディションを受けよう!


 ここは八重洲ともかの夢の世界。

 秋の夕陽に塗り潰された、オレンジ一色の世界。

 またも俺はひとり物思いに更けている。


 止まっていた時間を先に進めようと決心はしたものの、それをどうするかまでは分からない。

 何十年もの止まっていた時計の針は錆び付いて、ちょっとやそっとじゃ動こうとはしないのだ。


 あれから江藤なつきくんは、明晰夢にはやって来ない。

 なぜあの時現れたのか。

 あの日は学校でも、葉月の影響を色濃く受けていた様だし。


 何かのアニメみたく言うと……

 葉月とのシンクロ率が上がって起きたのでは?

 葉月にも確認を取れれば良かったのだが、あいにく此処のところ酒を呑むのを控えていた。

 ヤスコのダイエットの為に、いつもより早く起きていたからだ。

 だが、その甲斐あってか、ヤスコのダイエット及び海キャンプも大成功。

 雛枝くんとみんなの思い出も沢山心に残せた筈だ。


 雛枝カナツグはあれから、受験勉強に前以上に集中して取り組んでいるとの事。

 カナちゃんママも、さぞかしご満悦だろう。


 平川、国立のBLカップルは、平川の所属する少年野球の練習と、その応援に忙しくしているようだ。


 とん吉ヤスコは特に用事のない時は、俺かなつきの家で勉強したり遊んだり。

 たまにそこに燐光寺も。


 リアルに小6だった時の夏休みを思い出してみても、キャンプに行った事位しかどうにも頭に浮かんで来ない。

 余程グータラしてたのだろう。


 年を取ってみて、時間の貴重さがやっと分かるというのか……

 休みが矢鱈勿体無い。

 朝が早いせいもあるのだろうが、何かやんなきゃって気持ちになる。


 ヤスコが来るまで母の手伝いをやるわけだが、一人暮らしも長いので一通りそこそこ出来る。

 今では何だか嫁入り前の、母の味の継承みたくなって来ている。

 向こうの世界でも、分かんない味付けとかを電話で聞いたり、実家に帰った時に教わったりもする。

 だけど、どうも俺だと違う。


 さすが、年季の入り方が違う……って、今俺の方が中身年上なんだけど。

 いやいや、何年やってようが母ちゃんは母ちゃんって事だな。

 ちょっと違う味もあったりするけど、大体は変わらない。感服。

 

 さて、もうすぐお盆なのだが、本来は春キャンプをやった山に行く予定だった。

 だがこの間の海キャンプで、ちょっと事情が変わった。

 みんなと前回同様、海へ行く事となったのだ。

 それがまた、俺の急な発案と行動によってもたらされた訳だがーー



 海の中道に最近出来た海浜公園がある。

 公園という地味な感じじゃなく、ライブの出来るステージやら、でっかいプールとかがある。

 そこのイベントで、アイドルコンテストの募集をたまたまやっていて、みんなを説得して出場する運びとなったのだ。

 普段なら気にもならないイベントだが、

ゲスト審査員の名前を見て足が止まった。


 四谷陽二。

 大御所声優で、俺のお師匠さまだ。


 先生はこの頃ちょうど「火星の戦士ゴッドマルス」の影響で、アイドル声優をやっていた。

 このイベントも主役の水沢ヨウさんとのマルスコンビだ。


 この水沢さん、甘いマスクで人気爆発。

 これからテレビにも出まくって、今ではタレントと紹介されている程。

 最近では、香港のデブなドラゴンの声位しか聞かなくなってしまった。


 うちの師匠はその後も声優メイン。

 あと数年後には当たり役「タッチミー」の主役をやる事になる。

 久し振りに写真だが、お顔を見れた。


「若っけーーー!」


 思わず声が出る。

 だが、先生が審査員なら優勝も狙えるかもしれない。

 長いこと劇団で活動していたのだ。

 尊敬する師匠の好みくらい分かっていますとも。



 ーーーーーーーーーーーーーー



「頼む、今日予選で、本選がお盆なんだ!

 こんな偶然なチャンスないだろう?」


 みんなに頼み込む。


「ちょっと急じゃないか?」


「分かってる。

 でも思い出づくりにお願い!」


「わ、私はヤエちゃんが出るなら、よ、良くってよ」


 とん吉ヤスコは今から緊張してる。


「もちろん。

 これって、グループ参加OKだから一緒にね」


「そーなんだあ」

 ホッとしたみたい。


「じゃあ、いいんじゃないか?」

「ヤエさん、ヤスコさん、頑張って」

「応援するよ」

「せ、先生も出てみたいけど~、無理かなあ」

「ギリギリ無理かなあ」

「うふ、ありがと、カナちゃん」

「ともかさん、優勝です」

 

「何言ってんの、5人で出るんだよ」


「「「えーーーーーーーーーーーっ!」」」


「だってアイドルだろう?」


「男が駄目だって書いてない」


「いやいや、タイトルの所に、

渚の美少女集まれーって」


「男が駄目だって書いてない」


 みんなは目が点になってるって感じ。

 意味が半分位しか理解できてないのだろう。


「あははは、やっぱりヤエちゃん面白いわー」


「先生!」


「いいじゃない。

 普通より、もっと思い出になるわよ」


 先生のそういうとこ好きだなあ。


「そーゆう事」


「雛枝は無理だとして……5人目って、俺とか言うなよ」

「い、言うなよう……」


「キリッとした美少女も捨て難いが……

 ここは燐光寺で行こう」


「えーーーっ! 俺っ!?」


「発表します。

 センター、なつき」


「ええと、ひょっとして真ん中の人?」

「そう」

「えええーーっ」


「その脇を燐光寺とミチ」

「僕っっ」

「うーん、端っこかあ……複雑」


 男にセンターを取られたとなると、女としては複雑な心境だろう。

 なつきは確かに美少女顔だが、ヤスコだって十二分に美人さんなのだ。


「お前と俺で両脇から支えたいんだが。

 厳しいか?」


「え? ヤエちゃんと?

 やるやる! がんばる!」


 これは本当にそうなのだ。

 両サイドに本物の美少女を配して、男が混じっているなど微塵も感じさせない様にする。

 そう、美少女だ。セクシー美少女だっ。 


 おっと。

 もうひとり複雑な顔をしている者がいる。


「おい、やすみ」


 そう燐光寺休だ。

 俺が役者の世界に入る、最初のきっかけになるはずだった人物だ。


「な、何?」


「お前、役者になりたいんだろ」


「え? 何でその事……」


「いい経験になるぞ。

 それと、自分の武器は正確に把握した方がいい」


「武器?」


「お前は黙ってれば美形だってことさ」


 背中を押されたやすみの目が、直ぐにヤル気で充たされる。

 悔しいが、一度は惚れた顔なんだよな。

 当たり前だが、ちょっと男が入ってる。が、メイクすれば絶対美人。

 

「あとのみんなもバックアップよろしく」


「「オッケイ!」」

 

 何かみんなもヤル気が出て来たみたいだ。


「短時間で覚えられる振り付け教えるから、

絶対予選突破するわよっっ!」


「「「おーーーーーーーーーっ!」」」



何だかんだで、ノリがいいんだよな、みんなっ。

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