4. 夏休みの友


「ねえ、海キャンプ行かない?」


 明日が1学期の終業式だというこのタイミングで、6班のみんなに声をかけた。

 もっと早く誘いたかったのだが、とん吉ヤスコがモチベーションを下げると困る。

 痩せる目処めどが付くまでと思っていたら時間がかかったのだ。

 さすがにあと1週間程度ではベストとまではいかないだろうがーー

「このくらいの方がいいな」という人も出てくるレベルには、なんとか漕ぎ着けそうだ。


「おっ、面白そうだな。いつやるんだ?」


 と、平川くん。

 まあ、彼は当然乗り気だろう。 


「8月手前の土日。

 ひとみちゃん、その日しか付き添えないって」


「ひとみちゃんって誰?

 ヤエさんの知り合い?」


 不安気な表情の国立くん。


「やあん、人見知りしちゃうかも」


 人懐っこいの間違いでは? ヤスコさん。

 そうか、みんなの前ではひとみ呼ばわりしてなかったな。


「何言ってんの、うちの担任の名前は?」


「「「あっ! 古賀ひとみ!!」」」


「もう、みんな駄目だよ。

 先生の事、ちゃん付けとか呼び捨てにして」


 真面目な児童会長は注意する。


「雛枝くんは今回来れそう?」


「うーん、うちの親、結構うるさくて。

 今日聞いてみるけど、難しいかも……」


 雛枝の両親は教育熱心のようだ。

 俺の世界の雛枝カナコも、受験して私立の中学に進学した。

 6年の時ほとんど遊ばなかったのは、勉強に忙しかったのだと後から気付いた。

 こっちの世界の雛枝カナツグくんも同じなのだろう。

 でも……


「今回は担任、古賀ひとみ大先生がついてきてくれるよ。

 空いてる時間にマンツーマンで勉強見てもらえる!

 てな感じの事言ってみてよ」


「えーっ、嘘はつきたくないなあ」


「嘘って訳じゃないよ。夜だって同じテントにいるんだし。

 その時頼めば教えてくれるよ。

 それに……」


 俺は雛枝の肩に手を置いた。


「一緒に過ごせる最後の夏休みに、一つの思い出も無いのは、寂しいな……」


 そう、寂しかったのだ。

 仲の良かった友が、知らない所で疎遠になり、会えなくなってから事情を知る。

 そんなサヨナラは。


「どうして、それを……」


「論点はそこじゃないでしょ、雛枝くん」


「どういう事だ?」

「引っ越すの?」

「うそっ、いつ?」


「いや、そんなんじゃなくて……

 中学は受験して、受かれば私立に行く事になるんだ」


「……そ、そっか。まあ、悪いことじゃあないよな」

「カナちゃんなら受かるよ、絶対」

「でも、寂しいな……」


「ね、お父さんに頼んでみてよ」


「みんな、ありがとう。

 口八丁でやってみるよ。

 八重洲さんを見習ってね」


「なんだよ、それ」


「「「あははははははは」」」



 ーーーーーーーーーーーーーー 



 当日、朝8時にイイヅカ駅に集合。


 ひとみちゃんは普通免許は持ってても、さすがに父ちゃんのワゴン車は無理。

 うちの父ちゃんは大型二種だか特殊だかまで持ってて、重機やらバスやらまで運転する。

 ほんとは父ちゃんに来て欲しいのだが、今みたく週休2日なんてそう無かった時代。

 盆休みまで待つしかない。

 仕方無しにひとみちゃんである。

 ははは、失礼な。


 兎に角、ひとみちゃんの軽自動車じゃ話にならん。

 ので、みんなで列車でGOである。

 電車じゃなくてディーゼル、JRじゃなくて国鉄である。

 さっき駅の入口みて、なんかジーンと来たよ。

 

「ごめんねえ、ヤエちゃん。

 先生持とうか?」


 たぶん持つ気ないでしょ。

 俺は先生が学校から借りてくれた、テントを収納したリュックを背負っていた。

 この頃の学校は結構ユルくて、知り合いに先生がいるとホイホイ都合をつけてくれた。 

 このテントは7、8人位入れるので、1つあれば充分だ。


「先生、ヤエ、おはようございます」

「おはようございます」


 左手線路脇の、細い道の方からBLカップル登場。


「おお、平川、国立、おはようね」

「うふふっ、2人共おはよう」


「おい、ヤエ、俺はお前に敬語使ったんじゃないぞ」

「ぷぷっ、そうだぞう」


「いや、先生と一緒にわざわざ学校までこんな荷物取りに行って、非力な先生の変わりに、ここまで俺が運んで来たんだぞ。

 敬語くらい使ってもらう権利がある!」


「それなら……」


 ヒョイ、と平川は俺の足元のテント入りリュックを肩に担いだ。


「後は俺が運んでやるよ」


「平川さん、ありがとうございます」


「「「あははははははは」」」




「みんなぁ、お待たせ~」


 とん吉ヤスコ、なつき、おまけで燐光寺。

 駅正面から真っ直ぐ伸びる大通りを3人揃ってという事は、バスを使って来たのだろう。


「あれ? やすみぃ、なんで他クラスが来てんだよ」


「えーーーっ、酷いよ、ともかさーん!

 なつきちゃんだって他クラスでしょ!」


「だから、下の名前で呼ぶなっつーの!

 あと、なつきに馴れ馴れしい!」


「なつきちゃんとは仲良しなんだっつーの!」


「あははは、おはよ、ともか」


 今日は学校に寄ったせいで、ここまでなつきとは別行動。


「ごめんね、お待たせ」


 そう言いながら、テテテと寄ってきた。

 

「いやぁ、俺も今来たとこ」


 思わず頭を掻き掻き照れてしまう。

 何だろう、この胸の甘酸っぱい感。


「ヤエちゃん、そのセリフ、今使う所じゃないから」

 不機嫌にヤスコ。


「な、何でみんな聞き流してんのー!

 お互い、呼び捨てだよっっ!」


「もう、その下りは面倒臭い。

 暇な時に誰かに聞いてくれ」


「えーっ、先生も気になるんですけどぅ……」


 ピッ!


 駅前の小さなロータリーに入って来た、黒いセダンがクラクションを鳴らした。

 俺らの前に停まると、中から慌てぎみに雛枝カナツグが降りて来た。


「ごめんなさい、遅れました」


 続いて、40手前くらいの女性が降りてきて、先生の方に向かう。

 雛枝の母親だろう。


「どうもお早うございます。ご無沙汰しております。

 今回は先生に特別に見て頂けるようで、お手数おかけします」


「いえいえ、みんなで楽しみながら、半分息抜きがてらで……」


「ええ、ええ、ありがとうございます。

 空いた時間にでも、カナツグをみてやって下さいませ」


 俺は何か、はらわたが煮えくり返るような感じだった。

 この母親は何にも見えていない。

 雛枝の、いや、自分の事ばかりしか考えられない。

 ある意味、思考停止状態だな。


「まあ、小学校最後の夏ですから思い出も。

 とは考えますけれど。

 長い人生で見たら、ほんの一瞬ですから。

 でも、今の時期の一瞬が受験には一番大事ですので。

 そこを先生がフォローして頂けるというのは、本当に二律背反ですわね」


「なあ、何だ? にりつ何とか」


 平川が小声で聞いてきた。

 正直頭に来て、文句言ってやろうか、というタイミングだったので、いい意味で腰を折られたかも。


「二つの相反する物が、うまい事両立する、みたいな意味だよ」

「んん?」

「凄く辛い、甘口カレー? ……ちょっと違うか」


「あら、小学生がよく知ってるわね。

 カナツグと良くしてあげてね」


「かしこまりました。ご心配なく。

 カナツグくんと一緒に効率良く教わってきますので」


 大袈裟に仰々しく返事をした。


「安心しました。ではカナツグ、しっかりね」


 ほんとにホッとしたって感じで、カナちゃんママは帰って行った。



「ヤエちゃん、良く我慢できたわね」


 先生には俺が怒っているのがわかったらしい。


「まあ、大人ですから」

「まあ、オッサンですから」

「まあ、オッサンよね~」

「っぷぷ。だねえ」

「ぼ、僕はオジンだなんて思ってないから」


「やすみぃ、てめえが一番ムカつく!」

「なんでーーーー!」


 あははははははと、みんなで笑い合う。 

 いいなあ、こんなふれ合い。

 人知れず去っていくのが美学なんていう人もいるが、俺はそんな風には思わない。

 人の気持ちを考えないニヒリスト気取りか、

人に関わるのが面倒な奴の屁理屈だ。


「みんな、有難う。

 ほんとは、ぼくも、キャンプ、行きたかったんだ……」


 雛枝は涙ぐんでいた。

  

「まだキャンプ、始まってもないんだぞ! 大丈夫かあ?」

「いっぱい楽しみましょう!」

「カナちゃん、春はまだまだ先だよう」

「そうだよ、第一同じ中学に通う事になるかも、痛っ!」

「コラやすみ、それは言っちゃならん奴だぞっ!」

「ごめんなさい」

「ははは、僕なりに頑張るよ」 


「雛枝、お前は必ず受かるよ。

 そして春には別の中学だ。

 じゃあ、今この瞬間は無駄なのか? 

 いいや、そうは思わない」


 俺は彼の両肩をグッと掴んだ。


「それぞれが別々の想いを胸に、送る側と送られる側が同じ時間を共有する。

 ある者は励まし、ある者はいたわり、ある者は笑顔を送る。

 寂しいんだよ。その胸に空いた穴を補完しようとするんだよ」


「うん」


「そんな事で埋まらない。

 でもその行為が尊いんだよ」


「うん」


「相手の事を思いやって、見返りなんてもとめない。

 カッコ悪い事言うぞ。

 それが、友情ってやつじゃないのか?」


「うん、ヤエ、ちゃん。

 恥ずかしい事言うね。

 恥ずかしいけど、嬉しいし、カッコ悪くないよ」


「ヤエ、恥ずかしいけど、カッコ良かったぞ」

「恥ずかしいけど、恥ずかしかったよ」

「恥ずかしいけど、オッサンだったよう」

「ともか、良かったよ……」


「それに、これが今生の別れって訳じゃないんだ。

 大人になって再会した時、こういう話が一番の酒の肴になんだよ」


「それ分かるわー!

 ヤエちゃん、今一番いいこと言った」


「結局酒だよこの2人」


 ヤスコがまた不機嫌な表情。


「ヤスコちゃん?」


「あのね、あの2人ったら修学旅行の夜にね……」

「わあーーーーーーーっ! 

 待った待った待ったーーーっ!」


「ともかさーん、汽車来るよー」


 間も無く1番線に……

 駅から、列車の到着を知らせるアナウンスが聞こえてきた。


「ハイハイみんなぁ、準備はいーい?」

 先生もノリノリだ。


「「「オッケー!」」」


「それでは海キャンプに向けて」


「「「しゅっぱーーーーつ!」」」



ー第九話 おわりー

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