4. 別れ、それぞれに


「俺はオッサンみたいじゃなく、オッサンだ」


 俺はヤスコに全てを話す事にした。

 無二の親友と最愛の人、2人に後事を託そうというのだ。

 無責任な話だが、一番信頼できる人間だ。

 残れるものなら、そりゃあ残りたい……

 それが駄目なら、やれる事を。

 だがそれは、ヤスコが信じてくれればの話だ。

 また、信じても気持ち悪がったり、セクハラに腹を立てるかもしれん。


「……どういう事?」 


「これから言うことは荒唐無稽だが、一切嘘はつかん。

 順を追って結果のみ話す。

 天才のお前には、俺の余計な憶測は邪魔になるからな」


 ヤスコは無言でコクリと頷いた。


「俺の名前は八重洲ともか。

 2012年4月時点で40才。独身。彼女なし」


 なるべく細かく、簡潔に、主観を入れないように話していった。

 ヤスコは真剣な顔で聞いている。

 オレンジの日の思い出と、その明晰夢の事も話す。

 俺の上京や役者の活動も話すが、なるべく未来の社会が見えないよう配慮する。


「あの方」の事も話しはするが、

「原因だが謎の存在」くらいで止めておく。

 ヤスコの将来を気遣ってくれていた様だが、危険は冒せない。

 昨日の祭りで導かれた声や、この世界を覆う程の存在感なんてのはとても言えない。

 多を生かす為に……なんて事は十分ありうる。

 神様からすれば、鶏をツブす位な感覚かもしれん。

 この世界の住人に、知らせない方がいい内容だろう。

「あの方」の事は全て葉月経由の情報で、彼女を信じればの話だとした。



「じゃあ、こういう事?」


 一通り聞き終えたヤスコが言った。


「あなたと葉月さんは憶測を立てただけ。

 帰れるかもしれないし、帰れないかもしれない」


「そうだ」


「こっちの歴史が変わったら、向こうの世界も変わるかもしれない、変わらないかもしれない」


「その通りだ」


「このまま、いつもと同じ日常が続くかもしれない」


「ああ、それならそれでいい。

 だが、悪い方、困る方を想定して行動すべきだ」


「悪い方?」


「歴史が変わればヤスコ、お前の幸せを奪う事になっていた」


「私の?」


「あまり未来の事は言わない方がいいが、男のお前には奥さんと子供がいる」


「え?」


「この世界が等価値なら、イケメンの亭主と可愛い息子って事になるだろうな」


「いけ麺?」


「ああそうか、イケてるメンズだってさ、かっこいい男を将来そう言うんだ」


「なんか間が抜けてる」


「俺もそう思うよ、カエサルやらイケメンやらね。

 兎に角、幸せそうなお前の笑顔をあっちで見ちゃっているからな……」


「それで……」


「俺のせいで、お前のあの笑顔を失わせたくない」


「そうね、あのまま距離を置いてくれなかったら私は……」


「ごめんな、セクハ、いや、エロいオッサンで」


「許さない!」


「ん!?

 そうだよな、悪い事をした」


 俺は深く謝罪した。

 こんな少女を傷付けてしまったのだ。

 本当に申し訳がない……


「そうよ、とんでもないわ!

 ヤエちゃん! 

 私はもう少しで永遠にさよならも言えなかったのよ!」


「うっ!」


「何で黙って去って行こうとするの?

 なつきちゃんから聞きでもしたら、一生心に傷を残すわ!」


 そうだ。


 俺は雛枝が人知れぬ別れを選んだ事に、非難していたはずだ。

 なつきに知られた時点で、みんなにだけは打ち明けておくべきだった。


「私達! 親友じゃなかったの!」


 ヤスコが強く訴える。

 悲痛な叫びにも聞こえる。


「……お前の言う通りだ。

 俺が間違っていた」

 

 雛枝に友情を語る資格は俺には無いな。


「ヤエちゃん」


「ありがとう、ヤスコ……30年来の無二の親友。

 何時もお前は、俺の心を支えてくれる」


「まだ私、半分も生きてないわよ」


「ああそうか、ははは」


 2人微笑を交わす。

 やはり、後を託すのはヤスコを置いて他にいない。


「ヤスコ、頼みがある」


「平川くん達でしょ。

 今、説明すると帰れなくなっちゃうもんね。

 誕生会終わったら、さっさと連れて帰るから、心配しないで」


「ヤスコ……」


「あの子達には、後でしっかり伝えとく。

 だから、上手いことやってよね」


「ありがとう……すまん」


 この天才は本当に、頭の回転が速い。

 あと、気を遣うのも。

 今回は遣いすぎかもしれん。


「ヤエちゃん!」


 ガバッとヤスコが胸に飛び込んで来た。


「ともか! ともか! ともか!」


 顔を押し付け、泣きながら連呼する。


「キスしてなんて言わない。

 でも抱き締めて、お願い……」


 ヤスコの懇願に、俺は黙って両手で包みこんだ。


「安心して、ともか。

 歴史は変わらない」


 顔を上げ、見詰めてくる。


「私も、なつきちゃんも、ヤエちゃんとは一緒にならない……

 私達が恋したのは八重洲ともか、貴方だからよ」


「ヤスコ……」


「さようなら、初恋の人。命の恩人。そして、永遠の親友」


 俺は何も言葉が出ず、両手に想いを乗せてただ強く抱き締める。


「貴方は私を助け、四谷さんを助け、なつきちゃんの心も助けた。

 男とか、女とか、若いとか、オッサンだとか関係ない。

 私は、八重洲ともかだから惚れたのよ」


 胸に頬を押し当ててギュッと力を入れる。


「ああ、性別が逆だったら俺とお前は、いい夫婦になったと思う」


 俺は優しく両手の力を抜いて抱き直した。


「うふふ、親友の方が、永遠なんじゃなかったの?」


「違いない」



 ーーーーーーーーーーーー



「みんな! 用意は出来てるわよー!」


 10時になって、平川、国立、燐光寺、なつきがやって来て、お誕生会が始まった。

 なつきが心配げにこちらを見ていたが、ヤスコが明るく場を和ませてくれた。

 やはり友を想う、とん吉の真剣モードは一味違うな。

 変わった形の失恋だったのだろうが、きっと彼女は成長の糧にしてくれるだろう。


 この素敵なサプライズのお陰で、去る直前まで仲間達の顔を見れた。

 昨日の思い詰めた表情が、最後に思い出す俺の顔になるより、

今の屈託ない笑顔を残して、いい記憶になれたらと願う。

 後はヤスコが上手く話してくれるだろう。


 さようなら、みんな。

 半年間、本当に楽しかったよ。




 午後4時。

 会はお開きになった。

 ヤスコは確かに追い立てる様にしてみんなを連れて帰り、最後に振り返って、ニッコリ微笑み去って行った……


「じゃあ、僕も帰るね」


 なつきは何か言いたげな表情を残しつつ、そう言った。 


「なつき! 後で行く!」


 つい、力を入れて声を掛けた。


「うん! じゃあ後で」


 嬉しそうに帰って行った。



 みんなの居なくなった庭先を見詰め、暫く動けないでいた。


 参ったな。

 俺は相当この世界に愛着を感じている……

 全てが優しく思い遣り、未来は可能性に満ちている。

 そうなんだ。

 俺は見ていなかっただけで、世界自体は何ひとつ違ってはいないんだ。

 人間は見る角度で、景色が、感情が、まるで変わってしまう。

 帰る世界だって、明日はきっと光輝いているはずだ。


 心に弾みをつけて踵を返す。

 と、少し離れて母がいた。


 母はしゃがみこんで泣いていた。

 泣き崩れ、嗚咽を漏らすほどに……


「ヤスコとの話、聞いていたんだ……」


「ええ……ええ……」


「ごめんね、お母さん、黙ってて」


「いいの、いいのよ……」


 近寄った俺を、母は力一杯抱き締めた。


「あなたは私の自慢の子よ」


「お母さん……」


「みんなに愛され、みんなを愛して。

 ヤスコちゃんも、なつきちゃんも、みんな、みんな」


「あ、ありがとう…」


 止めどなく俺の頬を涙が流れる。


「ヤスコちゃんの優しさに感謝するのよ」


「うん、分かってる」


「未来に帰っても、体に気を付けるのよ」


「うん。お母さんもね」


 ギュッと母は力を強く込める。


「でも、60過ぎても、夫婦仲良くやってるけどね」


「いやねえ、60才なんて……

 想像したくないわぁ」


「あはは、仕方ないよ、年は取るんだもん」


「あははは、そうよねえ」


 笑い合う親子2人。

 親と子は、時間、空間、関係なく、親子なんだな……


「さ、中に入りましょ。

 夕方まで間があるでしょ」


「うん。

 じゃあ、麻美おばちゃんの事、こっそり教えようか?」


「何? それ、大丈夫?」


「絶対に秘密だよう」


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