第二話 登校と考察。そして倒錯と…… 

1. 倒錯とはBLか?


 そこはオレンジ一色のモノクロの世界。

 夕日が赤土に反射して、辺りをさらに濃く染めていた。

 

 江藤なつきの家の裏山は良質の赤土が採れるとの事で、山の斜面は半分程えぐり取られていた。

 土の採集は不定期で、数日作業をすると、ひと月くらいは休止になる。

 その間、重機類は置きっぱで、子供達の格好の遊び場になっている。

 今では考えられない安全管理だ。


 近所の子供達とは言っても、うちの兄弟、向かいの鏡のりお、よしこ兄妹、はす向かいの栗原てるお。

 後はなつきと、その姉の雪菜くらい。

 同い年のてる坊は病弱で、家の中で遊んでる。

 のりちゃんは1つ年上で、中学に上がると部活に勤しんで遊ばなくなり、

3つ上の雪ねえとは、なつきン家で遊んだ時に顔を会わす程度。

 く言う俺も、もうそんな特撮の現場みたいな所で遊ぶ年でもなく、

弟のお守りの時くらいしか行かなくなっていた。


 思い出の夕焼けの日も、なぜ、なつきと2人で夕日を見ていたのか、

何を2人で喋っていたのか、全く覚えていない。

 ただ、横に密着して腰掛けてきたなつきの、彼女と接する俺の右側面。

 その時見た微笑みの大人っぽさに、思わず芽生えた初めての感情。

 それはオレンジに染まる夕日の景色と一緒に、くっきりと心に焼きついている。


 その、なつきが……男!


 俺が過去に戻った意味は何だ?

 あの時出来なかった告白すりゃ、いいんじゃないのか?

 それが俺が女になって、なつきが男で、女と男で……

 まあ、問題無いのか?

 そんなこた無い! 大問題だ!

 気持ちの問題だっ!

 今なつきに告白しても、それでは、俺の長年の想いの解決にはならない。


 ……だから半年前なのか?

 半年間で、この溝を埋めろというのか?


 母となつきの話で、今日は春の新学期、小6の初日らしい。

 あのオレンジの日は、秋の夕焼けの頃なので、あと半年ほど先って事だろう。

 ゲンコツの後、立たせるや否や、

母は着せ替え人形よろしく、俺を手際よく着替えさせた。

 結局ブラにはホックなど無く、万歳して、上からスポッと装着した。

 スポーツブラって奴かな?

 スカートは断固拒否して、デニム……いや、Gパンをはいて出た。


 家を出て、なつきと2人になる。

 鏡兄妹、てる坊は先に行ったらしい。まあ、よくある事。

 うちらの集落は学校から遠く、なるべく揃って登校する。

 それで一番遠いなつきが、俺ん家に向かえに来てくれるのだ。


 横を歩くなつきを見る。

 まだ顔を赤くしている。

 仕方あるまい、朝一で俺から、ラッキースケベを食らったからな。

 ラノベ主人公はお前か!?


 それにしても、昔の……いや、女の子のなつきと全く変わらない。

 髪が短いくらい。

 ……ムムム、ショートも似合ってると思う。すごく似合う。

 いやいやいや、男ですから、彼は。

 いくら可愛くても男ですから、彼は。

 確かに今は可愛いですよ、今は。


 だが、女性的な顔は、年とともにひどく崩れていく!

 持っても20代中盤くらいだろう。

 まあ言っても、情報ソースは俺なんだが。


 俺は昔、女顔だった。


 おっと、勘違いしないで欲しい。

 俺は何も、美少年アピールをしようって訳じゃない。

 俺は普通の女、顔。

 可愛いくも美人でもない、世の中の7割いや6割くらいを占める、普通の女の人顔、である。


「ヤエス、〇〇に似てるね」


 と言われる〇〇にあたる芸能人は、当時の人気女子プロレスラーの長与なにがしだった。

 ま、そんなレベルである。


 断言しよう!

 美少年は、女顔ではない。

 美人顔、もしくは美少女顔なのだ!

 女顔がレベルをMAXまで上げて上位進化しても、まだ1ランク、2ランク足りない。

 俺は進化しても頑張って、ラジオの女子アナ顔くらいまでだろう。


 なつきクンは文句なしに美少女顔だ。

 だがその彼の美しさも、やがては失われるだろう……

 時間という暴力は、成長という名の残酷な破壊を彼の身にもたらしてしまう……

 美は永遠ではない。

 だからこそ、この一瞬の美こそ永遠と等価値、いや、それ以上。

 今この瞬間の彼を愛する事こそ、至高の愛なのではないのか……


 おっと、倒錯しそうになってしまいました。


 とにかく、これから顔が伸びたり、エラが張ったり、髭が濃くなったり。

 この男性化が進めば、女性的パーツとの不協和が出てくる。

 俺は記憶の中のなつきと、目の前のなつきクンを同一視できなくなるだろう。

 このまま半年が過ぎ、告白し、もしも付き合う事になったりしたら……


 顔可愛いし、声も昔と同じでか細くて、守ってあげたい感あるし、 

「ともちゃん……」

 なんて目つぶって来られたら、そりゃ、ね、俺も、ね。

 キスくらいなら、そりゃあ、まあ、やぶさかではない、かな。


 でも、中学、高校とかになってくると、イカツクなって。

 んで汗かきかき、目血走らせて、ハアハア言いながら、

「とも、俺もう、ガマンできねぇ……」

 なんて、にじり寄って来んだぜ………うぅわ。


 鼻息荒く、身体中まさぐってくんだぜ。

 胸とか……うぅっ、尻とか……ひぃぃっ、……あ、あ、あそこぐげっ。


 そんで髭ジョリジョリ当てながら、身体中を隈無く……

 べろべろべろべろ舐めまわすんだよ……


 そ、そして、ついに……ほ、ほ、ほ、掘る、のか? ……だ、誰を?

 俺を!? ……誰が? 男が? ……男が俺を!?

 俺が? ……掘られる?? ……のか!?

 俺が………男に……………掘られる!


「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ絶対無理!


「ともちゃん……大丈夫?」


「あ、ああ、ごめん、大丈夫だ。恐い想像してた」


「……そう?」


 うずくまった俺を、なつきが心配そうに覗きこむ。


「あの、さっき、その、僕見ちゃったから。

 ともちゃんショックだったんじゃあ……」


 やっぱり、なつきは優しい子だ…… 

 女であっても、男になっても、その人間の本質自体は変わらない。


「そんな事ないよ、ありがと」


 そんな優しいなつきに、ラブコメな台詞をサービスしとくか。


「でも、なつきちゃん以外の人に見られてたら、ショックで落ち込んでたよ」


 俺はニコッと笑いかけ……


「なつきちゃんは、特別だよっ!」


 そう言って先を歩いていく。

 振り返り際に、なつきの顔が更に赤くなったのを確認しながら。

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